行動経済学から見る「読み手に対して効果的な文章術」について(後編)

このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。


今回は、前回に引き続き、どのような書き方が、読み手や顧客に対して影響を与えるのか。
いくつか行動経済学の知見を挙げていきます。
 
6.最初に置かれた言葉の印象が強まる
たとえば以下は二人の人物に対する説明です。
どちらが好きになれそうでしょうか?
・アラン: 頭がいい、勤勉、直情的、批判的、頑固、嫉妬深い
 
・ベン:  嫉妬深い、頑固、批判的、直情的、勤勉、頭がいい
実は、大多数の人は、前者のアランを選択します。
これは、「最初に挙げられた特徴」が、印象を支配するため、後半にネガティブな特性が書かれていても、それらの印象を覆い隠してしまうためです。
これは「ハロー効果」と呼ばれ、人物描写の言葉の並び順が、実は大きな影響力を持つこととして知られています。
文章は「印象付けたいことを最初に」が鉄則です。
 
7.「ネガティブ/ポジティブな言い方」で印象が大きく変わる
同じ内容であっても「言い方」で受け手の印象は大きく変わります。
ーーーーー
・「手術一カ月後の生存率は九〇%です」
・「手術一カ月後の死亡率は一〇%です」
どちらがより、心強く感じるでしょうか?
ーーーーー
 
・冷凍肉に「九〇%無脂肪」と表示してある
・冷凍肉に「脂肪含有率一〇%」と表示してある
どちらがダイエットにより適しているように見えるでしょうか?
ーーーーー
 
もちろん、両者は同じ意味ですが、受ける印象はいずれも前者はポジティブ、後者がネガティブに感じます。
これは、「文字で書かれていること」が、そのまま受け手の印象を決めるためです。
前者は「生存率」対「死亡率」
後者は「無脂肪」対「脂肪含有」
これは、広告宣伝などでもよくつかわれている手法であり、受け手は注意力を意図的に働かせないと、このことを見抜けません。
 
8.参照点を出すことで「暗示」をかけることができる
人間は先に「参照点」を提示されると、そこを基準に想像をめぐらすようになります。
例えば次の問題を見てください。
・世界で最も高いアメリカ杉は、1200フィート(360メートル)より高いでしょうか、低いでしょうか?
・世界で最も高いアメリカ杉の高さはどれぐらいだと思いますか?
実は1問目は「暗示」をかけるためのダミーの問題であり、出題者が得たいのは2問目の回答です。
この問題を出された回答者は、2問目の推定値を844フィート(250メートル)と回答しました。
 
・世界で最も高いアメリカ杉は、180フィート(54メートル)より高いでしょうか、低いでしょうか?
・世界で最も高いアメリカ杉の高さはどれぐらいだと思いますか?
ところが、上の出題(1200フィート → 180フィート)を出された回答者は、2問目の推定値を282フィート(85メートル)と回答しました。
 
つまり最初に出された「参照点」を変えるだけで、人の印象を操作することができます。
文章においても、「登場人物の卓越性」や「性格の良さ」を際立たせるため、その前にあえて無能な人物を置いたり、悪い性格の人物を置いたりするのは、そのためです。
 
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9.「身近な例」を引き合いに出すと、確率にかかわらず「よくある話」だと思ってもらえる
人は、ある出来事の起こりうる頻度を、「事例が頭にうかぶ容易さ」で判断するバイアスがあります。
これを「利用可能性ヒューリスティック」といいます。
夫婦やチームでの共同作業において、「自分のチームへの貢献度」を実際よりも高く見積もる人が多いのは、このバイアスがあるからです。
また、悪用されることもしばしばあります。
メディアで報道されていることは記憶に残りやすいため、過剰に「よくありそう」という印象操作が可能だからです。
 
逆に、これを利用すれば、文章に、なるほど確かにそういうことはありそうだ、との「説得力」を持たせることができます。
個人的に直接経験したこと、写真、生々しい実例などは、他人に起きた出来事、報道、統計などよりも記憶に残りやすく、利用可能性が高まる。
 
たとえばあなた自身の訴訟で不当な判決があったら、そうした事件を新聞で読んだ場合よりも、司法制度に対する信頼は大きく揺らぐだろう。
例えば「上司の怠慢によって部下の仕事に影響が出ている」という主張をしたいとします。
そこで、皆が経験していそうな「上司があいまいな指示しかしてくれなかった」という話を事例として文中で提示すれば、より説得力が出るでしょう。
 
10.リスクについて語れば「完全に無視」されるか「むやみに重大視」されるかのどちらか
ビジネス文章では、頻繁にリスクについて語られています。
・現状維持ではダメ
・現在の法制度には重大なリスクが潜んでいる
・そのスキルでは食えない

・起業か転職か

しかし、行動経済学の知見によれば、私たちはリスクを完全に無視するか、むやみに重大視するかの両極端になり、中間がないとされています。
環境問題が一部の活動家に熱狂的に主張される中で、ほとんどの人がまったくの無関心なのは、そのためです。
実際の起きうる可能性と、その影響については、彼らの中間にあることを、少なくとも書き手は意識しなければなりません。
 
11.「もっともらしい、細かい描写」が真実性を持たせる
ダニエル・カーネマンが行った実験の中で、特に有名なものの一つです。
まずは次の文章を読んでください。

リンダは三一歳の独身女性。外交的でたいへん聡明である。専攻は哲学だった。学生時代には、差別や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また、反核運動に参加したこともある。

さて、これを読んだうえで、次の問題に回答してください。
次のうち、どちらの可能性が高いと思いますか?
・リンダは銀行員である。
・リンダは銀行員で、フェミニスト運動の活動家でもある。
正解はもちろん、「リンダは銀行員である」です。
当たり前ですが、「リンダは銀行員で、フェミニスト運動の活動家でもある。」という集合は、「リンダは銀行員である」という集合に完全に含まれてしまうからです。
ところが少なくない人が錯誤を起こし、「リンダは銀行員で、フェミニスト運動の活動家である」ほうが、可能性が高いと言ってしまうのです。
 
これは、もっともらしいことを書いてあるほうが、(実際には数が少なかったとしても)人間にとって真実であると感じやすいためにおこるバイアスです。
つまり、何かを真実だと読者に感じてほしいなら、「もっともらしい、細かい描写」が不可欠であることを示しています。
 
12.統計的事実を示すより、強烈な一つの事例を示したほうが説得力がある
ニューヨーク大学で「人助け実験」という有名な実験が行われました。
この実験は、「目の前で、仲間の一人が窒息しそうな場合、その仲間を助けるためにすぐさま行動するか」ということを確かめるものでした。
 
実験の結果はなんと、仲間を助けるために動いた人は、15名中、4名だけ。
助けを求める声を聴いた人がほかにもいるとわかっている場合には、人は自分の責任を感じない、ということが明らかになりました。
この実験の結果は「思ったよりも人間は薄情である」ことを示すものです。
 
ただし、上の実験結果を学生に伝えただけでは、学生たちの考え方は変わりませんでした。相変わらず学生たちは「人助けをする人は多い」との信念を変えることはなかったのです。
 
ところが学生たちに「助けに行かなかったシーンのビデオ」を見せたとたん、学生たちの考え方は180度変化しました。
「15名中、4名だけ助けた」という統計的事実よりも、「目の前で、一人の人が、実際に助けに行かなかった」という事例を見せたほうが、人間の考え方を変えるに至ったのです。
 
つまり「説得力」は、統計的事実を用意することによって得られるのではなく、強烈な一つの事例を示せるかどうかに左右されるということになります。
 
13.通説に対する「逆張り」は注意を引くことにたいして有効
人間に限らず、動物の脳には、悪いニュースを優先的に処理するメカニズムが組み込まれています。
例えば、怒っていたり、人のに対して暴言を吐くような感情的な言葉、あるいは、戦争、犯罪などの危険をはらむ言葉は、平和や愛といった幸福感を代表する言葉よりも早く注意を喚起します。
 
また、自分が強く反対する意見を、人間は自分への「攻撃」だと受け取る性質を持っており、こちらも早い反応を示します。
もし何かに対して怒っているニュースが「多い」ように感じるとしたら、それはメディアがそれを利用しようとしているということも考えられますが、無意識的に自分がそれに「着目」してしまっているということも考えられるのです。
 
したがって、古典的な手法ではありますが、多くの人が賛同しているような通説に対しての「逆張り」的な発信は、よきにせよ悪しきにせよ、注目される可能性は高くなります。
例えば
・終身雇用よりも、パートタイム雇用のほうが、生活が安定する
・給料が高い人よりも、給料が平均的な人のほうが、生活の満足度が高い
・頭の良さは訓練に意味がなく、ほぼ才能のみで決まる
もちろん上の3つは単なる通説に対する逆張りの例を示したにすぎません。
しかし、文章の「話題」を選定するときには、こうした通説に対する逆張り的なネタがないかどうかを探してみることは、決して無駄ではないでしょう。
 
14.「確率」ではなく、「人数」「個数」「金額」などで語ると印象が強まる
例えば、次の文章を読んでどちの病気が危険かを判断してください。
・この病気にかかると、1万人にたいして1286人が死ぬ
・この病気の死亡率は24.14%である
もちろん、冷静に考えれば後者のほうがはるかに危険です。しかし、実際にはかなりの割合の人が、前者のほうが危険だと判断するのです。
 
これは、経験が豊富なエキスパートたちですら、陥りがちな罠であり、例えば次のような文章を読んで、後者は、前者に比べて、ジョーンズ氏が危険であると判断する精神分析医が多いと言います。
・ジョーンズ氏と同様の症状の患者は、退院後数か月以内に暴力行為をする可能性が10%ある
・ジョーンズ氏と同様の症状の患者100名のうち10人は、退院後数か月以内に暴力行為をする可能性がある
確率的に見れば、同じはずの表現ですが、後者はより鮮明に想像ができるため、専門家ですら、後者のほうが「危険性が高い」とみなしたのです。
これは、記述による印象操作が恐ろしく簡単であることを示しています。
 
もちろん、熟練の書き手はそのあたりを心得ており、ニュースをより目の引くようなタイトルにしたい場合、確率ではなく具体的な数値を記すようにしているメディアは多数あります。
 
15.エンディングですべて決まる
物語のエンディングは、物語全体の評価に極めて大きな影響があります。心理学者のエド・ディーナーは、次のような実験を行うことで、それを証明しました。
まず、ジェンという名前の架空の人物の人生を設定した。
ジェンは子供のいない独身女性で、ある日自動車事故で少しも苦しまずに即死する。
 
第一のシナリオでは、ジェンは非常にしあわせな一生を送る(死亡年齢は三〇歳または六〇歳)。仕事や旅行を楽しみ、大勢の友人もあり、趣味にもいそしむ。
 
第二のシナリオでは、そこに五年ずつが加わる(すなわち死亡年齢は三五歳または六五歳)。
その五年間もまずまず楽しくはあるが、以前ほどではない。
 
被験者はジェンの人生の物語を読んだうえで、次の二つの質問に答える。「ジェンの人生を全体として見たとき、どのくらい好ましく感じますか?」「ジェンが人生で経験したしあわせまたはふしあわせの総量はどの程度だと思いますか?」
この実験では、きわめて面白い結果が2つ、得られました。
1.人生最後の5年が「以前ほどでもない幸せ」の場合、人はジェンの幸福の総量を、「完全に幸せだった人生」に比べて、きわめて低く見積もる(5年も長く生きたのに!)
2.30歳と60才、35歳と65歳の人生の幸福の総量は、さほど変わらない
 
これによってわかるのは、人々がイメージする「幸福」というのは、持続時間とは無関係であること。(30才も60才も、幸福の量は変わらないというイメージ)そして、最後の5年の幸福が少し落ちただけで、人生全体の評価が極めて落ちてしまうことです。
つまり、人が感じる「幸福感」「満足感」は、最後にどう感じたか、に大きく左右されるということになります。
 
したがって、特に物語形式で文を書く時には、「読後感」のために、エンディングを特に重視することがよいということになります。
 
 
以上、15個ほどの知見を前編後編にわたりご紹介しました。
行動経済学による知見は、印象操作に対して強力な力を及ぼします。
そうした悪用から、読者を守るため、あるいは自己の判断にたいして、より長期的で、メリットのある選択をできるようになるために、このまとめが役に立てれば幸いです。
 

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