「保育園落ちた日本死ね!!!」からわかる、文章の説得力の正体。

このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。


文章に説得力は必要か。
そう問われたら、「YES」という方が多いでしょう。
というのも、日記などの「自分だけのための文章」でない限り
ありとあらゆる文章は
「相手に何かしらのインパクトを与えたい」
との意図を含むからです。
 
これは特に、マーケティング領域においては顕著です。
書き手は最終的に、
「問い合わせてもらう」
「申し込んでもらう」
「買ってもらう」
「フォローしてもらう」
「拡散してもらう」
「コメントしてもらう」
 
といった、「相手に何かしらの行動をとってもらう」ことを意図して書いていますから、文章に説得力がなければ、成果に繋がりません。
 
ところがこの「説得力」。
言うのはかんたんですが、適切に文章に実装するのはなかなか難しい。
試しに、Googleで「文章 説得力」と検索してみると、以下のような記事が上位に出てきます。
 
説得力を増すピラミッド型の文章構造
 
説得力の高い文章は、以下のように、「主題」「理由」「論証」「結論」の4つのパーツで成り立っている。そして、これらの4つのパーツは下記のようなピラミッド構造になっている。
 
1.1 テクニック1. 「なぜ」を強調する
1.2 テクニック2. 具体的な数値や結果を盛り込む
1.3 テクニック3. 客観的な根拠を明確に示す
1.4 テクニック4. 一般的な意見に反対するときはデータを活用する
1.5 テクニック5. 繰り返しで「単純接触効果」を狙う
まあ、当たり障りのないことを書いています。
SEO的にはこれで良いのでしょう。
しかし、残念なことに
「説得力のある文章の書き方」を紹介している文章そのものに、それほど説得力がないと感じるのは、私だけでしょうか。
 
例えば「上のテクニックと真逆の文章」が、4年前に、一世を風靡しました。
保育園落ちた日本死ね!!!」(はてな匿名ダイアリー)
 
何なんだよ日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。
 
子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?
何が少子化だよクソ。
この記事は、匿名で書かれたものですが、またたく間に拡散され、ついには国会にまで届き、議論を醸しました。
この文章は「多くの人を動かした」のです。
保育園落ちた日本死ね(日本経済新聞)
 
子供が保育園に落ちて仕事を辞めざるを得なくなったとみられる母親が2016年にネットに投稿した匿名ブログのタイトル。
 
国会審議で野党議員が取りあげると、与党席から「誰が書いたんだよ」などというやじが飛び、待機児童対策の遅れにうんざりしていた人びとの怒りに火をつけた。
 
抗議が厚生労働省などに殺到し、塩崎恭久厚労相は待機児童の解消を求める2万7600人分の署名を受け取る羽目に…
「保育園落ちた」には、ピラミッド構造も「データ」も「なぜ」もありません。ただ「保育園落ちた、日本死ね」を切々と訴えるだけ。
それでも人を動かすことができた。
 
なぜ上の記事にさほどの説得力がなく、下の書きなぐりには強い説得力があったのでしょう。
 

何が説得力を生み出すか

それに答えるには「なにが説得力を生み出すか」について、きちんと考察する必要があります。
そして、そのヒントは心理学、行動経済学、科学技術論文などの知見から得ることができます。
 

1.認知容易性

ノーベル賞を受賞した、行動経済学者のダニエル・カーネマンは著書の中で、次のように述べています。
説得力のある文章を書くには
 
いまあなたは、受け手に真実だと信じさせる文章を書かなければならないとしよう。
もちろん本当のことを書くにしても、それだけで信じてもらえるとは限らない。そんなときに認知容易性をうまく使うのは完全に正当であり、「真実性の錯覚」の研究成果がきっと役に立つだろう。
 
原則としては、認知負担をできるだけ減らすことである。
 
具体的には
・簡単な言葉で間に合う時に、難解な言葉を使わない
・文章をシンプルにし、覚えやすくする
などの工夫です。
 
単純化すれば、人間は「読むのが簡単なほど、説得力を感じる」ということになります。
「説得力を高めるためには、読みやすくしましょう」という言葉は、以上の理由から真です。
 
あるいは、韻を踏む、格言調にするのも有効です。
例えば、下の2つの文章を対比してください。
大難は敵味方を一つにする。
小さな一撃も積もれば大木を倒す。
告白した過ちは半ば正されている。
大きな災難がふりかかると、それまで争っていた敵味方も力を合わせるようになる。
小さな一撃でも、何度も加えるうちには、どんな大きな木も倒すことができる。
過ちを自ら認めたときには、その過ちの半分は正されたと言ってよい。
同じことをいっていても、上の「格言風」で短い言葉のほうが、「示唆に富む」と判断されるのは、「わかりやすい文に説得力を感じる」という、人間の性質のためです。
 
このように言うと、「要は、読みやすい文章を書けってことでしょう?」と言う方もいます。
たしかにそのとおりなのですが、ただ「認知容易性」は「文章の読みやすさ」だけに支持されているわけではありません。
 
例えばカーネマンによれば、
「認識しやすいフォントを使う」
「文章を空白多めのレイアウトにする」
「背景の色」
などの、デザイン要素も認知に影響を与えます。
 
あるいは「タイトル」。
インターネット上の投稿へのコメントは
「どう考えても中身を読んでいないだろう」
と思われるものが多数あります。
 
これは単純に「タイトルを読むのは本文を読むよりも認知が容易なので」
タイトルの印象>>>>>>>記事の印象
となってしまう、人間の性質を表しています。
(タイトルの付け方については、バックナンバーをご利用ください)
 
さらに、人間の脳は
「慣れ親しんだもののほうが、認知が容易」
という特性ももっており、「よく知る人物の発信」や「有名人の発信」のほうが、説得力があると感じる傾向があります。
したがって、SNSなどで拡散する行為も、説得力向上について有効でしょう。
 

2.事実

1981年に出版され、今なお売れ続けている、文章術の不朽の名著でもある「理科系の作文技術」には、次のように書かれています。
事実の持つ説得力
 
主張のあるパラグラフ、主張のある文書の結論は〈意見〉である。筆者の気持ちとして、結論である意見を手っ取り早く書きたいのは当然だが、意見だけを書いたのでは読者は納得しない。事実の裏打ちがあってはじめて意見に説得力が生まれる。
 
冒頭で紹介したSEO記事には「根拠を書け」とありますが、重要なのは「根拠」ではありません。自分勝手な根拠など、説得力になんのプラスもありません。
実は、重要なのは根拠ではなく「事実」です。
 
したがって、説得力を持たせるには「科学的知見」「体験」「事例」を紹介することから、文章を書かなければなりません。
それには「調査する」または「やってみる」という手間が不可欠です。
 
電通で24年間のコピーライターのキャリアを持つ、田中泰延さんは「物書きは調べることが9割9分5厘6毛」と著書の中で述べています。
書くという行為において最も重要なのはファクトである。
 
ライターの仕事はまず「調べる」ことから始める。そして調べた9割を棄て、残った1割を書いた中の1割にやっと「筆者はこう思う」と書く。
 
つまり、ライターの考えなど全体の1%以下でよいし、その1%以下を伝えるためにあとの99%以上が要る。
「物書きは調べることが9割9分5厘6毛」なのである。
 
たとえば、テレビ番組で参考になるのは『NHKスペシャル』だ。あの番組では、徹底して調べた事実、そしていままで明らかになっていなかった新事実が提示され、作り手の主義主張を言葉にすることはない。ファクトを並べることで、番組を観た人が考える主体になれる。
「説得力があると感じる文章」は、ニュースとは全く異なります。しかし「素地となるファクト」なくして、説得力がある文章は書けません。
 

3.当事者化

人は基本的に「他人事」に興味がありません。
したがって「書かれていることは、あなたのことですよ」と伝える必要があります。
 
例えば、世界中で500万部というベストセラーとなり、ドラマ化、舞台化もされた「嫌われる勇気」のライターを勤めた、古賀史健さんは、著書「20歳の自分に受けさせたい文章術講義」の中で、次のように書いています。
人は「他人事」では動かない
 
読者が”説得”に応じようとしない理由は簡単である。
基本的に我々は、他人事には興味がないのだ。
どんなに立派な教えだろうと、それが読者にとって「他人事」であるうちは耳をかそうとしないし、一方的な”説得”だとして反発する。(中略)
 
一般論を述べるばかりの文章が心に響かない理由は、ここにある。
主張のどこかに「これは他人事じゃない!」と思わせる要素が含まれていないと、我々の心は動かない。
 
当事者意識を芽生えさせ、他人事を「自分事」に変換してくれる、何らかの仕掛けが必要なのである。
そのため、古賀さんは
・常識を覆す仮説を最初に提示し、読者を謎解きに巻き込む
・自分の主張に「だが本当だろうか?」などのツッコミを自分で入れる
・目からうろこが落ちるような「新情報」は全体の3割程度にとどめ、のこり7割は「読者がすでにわかっていること」を書く
 
などの技法を通じて、「この文章の主張が当てはまる、当事者である」との認識を読者にしてもらう工夫をせよ、と言っています。
 
実は、このことは文章だけではありません。
なかでも大きなお金が動く広告領域、例えば「テレビショッピング」などで最も洗練された手法となって確立されています。
例えば、前回紹介した電通九州の香月勝行さんは、テレビショッピング視聴者の感情的な反応のデータから得られた事実について、「自分ごと化させると物が売れる」と述べています。
この事実が意味することはいったい何なのでしょうか。
 
それはやはり、呼びかけることで視聴者の注目が増し、問いかけることで自身の問題についてより深く考えることにつながる、だから結果的に『呼びかけ&問いかけ型の導入』によって商品を受け入れてもらえる可能性が高まるのだ、という私たちが立てた仮説の正しさです。
 
一言で言うなら、『呼びかけ&問いかけ型導入』は、視聴者に広告を『自分ごと化』させる働きを持っており、それゆえに広告の効果を高めることができるということなのです。
 
単純に商品の特徴を説明する広告よりも、呼びかけ&問いかけ型の導入を用いた広告のほうが反応数が増え、より多くモノが売れることにつながる理由は、まさにこの『自分ごと化』にあると言えるでしょう。
この主張からも、文章に説得力を持たせるには、読者への問いかけや、仮説の提示が不可欠であることが指示されます。
 

4.直感・感情

ビジネスパーソンならほとんどの方が「ビジネスは論理だけでは無理」と実感しているでしょう。
その実感は概ね正しく、冒頭に紹介したダニエル・カーネマンは、人間の意思決定は「直感」と「感情」に大きく左右されるとしています。
 
具体的な例の一つに「分母の無視」があります。
例えば、
「コロナウイルスで、日本国内では455人が死亡している」
という表現と
「日本国内ではコロナウイルス患者14305人のうち、3.1%が死亡している」
という表現では、前者のほうがインパクトがあると感じる人が多いのです。
ダニエル・カーネマンは次のように言います。
リスクの伝え方次第で受け止め方に大きな差が出る理由も、分母の無視で説明できる。
致死性の伝染病から子供を守るワクチンについて「永久麻痺のリスクが〇・〇〇一%ある」という文章を読んだとき、あなたはきっと、リスクは小さいと感じるだろう。
 
では同じワクチンについて「接種した子供の一〇万人に一人は永久麻痺になる恐れがある」という文章ならどうだろうか。
この場合、最初の文章では起きなかった何かがあなたの頭の中で起きる。ワクチン接種によって生涯麻痺の残った子供のイメージが浮かび上がるのである。
 
そして、無事だった九万九九九九人は霞んでしまう。分母の無視から予想できるように、相対的な頻度(〇〇人に〇人、〇〇回に〇回など)で表現するほうが、抽象的な「確率」「可能性」「リスク」などの言葉を使ったときより、確率の低い事象が過大に重みづけされる。
 
すでに述べたように、システム1は全体より個を扱うほうが得意だからである。
上で言うシステム1とは早い思考、すなわち私達が、直感、あるいは感情などどです。
 
メディアがミスディレクションを誘うような表現をあえて使うのは、人間のこうした性質を経験的に知っているからでしょう。
「イメージのしやすさ」=「説得力」
ですから、文章で「確率」や「統計」といったデータを扱うよりも、「印象づけたい事例」を扱うほうが、読者へのインパクトは大きいでしょう。
 

「保育園落ちた日本死ね!!!」は完璧

これらの事実を総合すれば、「保育園落ちた日本死ね!!!」は、説得力という観点からは、ほぼ完璧です。
保育園落ちた日本死ね!!!画像
少ない文字数と頻繁な改行による読みやすさ。
事実、当事者化、統計ではなく感情に訴えかける言葉。
冒頭の「SEO記事」と大きな差があるのは、一目瞭然です。
 
最後に。
「じゃあ、この記事には説得力があるのかよ」というご意見を持たれる方も多いでしょう。
残念なことに、この文章の「認知容易性」はそれほど高くありませんので、
若干説得力に欠ける文章であることは否めません。
 
しかし、「事実・事例」、そして「当事者化」、「イメージのしやすさ」については、冒頭のSEO記事に比べて相当な配慮をしました。
ぜひ、読み比べていただければと思います。

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