このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。
生成AIは、2022年11月に登場したChatGPT以来、画期的な存在として企業の事業運営に影響を及ぼし始めました。
しかし、生成AIの能力は「使った人」にしか認識しづらいため、企業が社員に利用を勧めても、すぐに良い反応を得られるとは限りません。
実際、現在外部に出ている情報を総合すると、全社員に一度に生成AIの利用を許可した場合、業務での利用率は数%程度にとどまることが多いようです。決して多いとは言えません。
生成AIの利用は、イノベーター理論・キャズム理論に従う?
この割合から、生成AIの導入は「イノベーター理論・キャズム理論」に従うのでは、という仮説が成り立ちます。
イノベーター理論は社会学者のロジャースが1962 年に発表した理論です。ロジャースは消費者の商品購入に対する態度を新しい商品に対する購入の早い順から5 つのタイプに分類しました。
新商品が発売された時、人によって購買行動は異なります。新しもの好きの人(上図ではイノベーターやアーリーアダプターが該当)もいれば、流行に全く流されない人(同ラガード)もいます。
新商品開発・販売活動において重要なのは勿論、新しもの好きの人たちです(全体の2.5% + 13.5%)。彼らが良いと言えば、追随する人(同アーリーマジョリティやレイトマジョリティ)たちが現れます。
そして、それを乗り越えられるか否かが重要であることを示したのがマーケティング・コンサルタントのジェフリー・ムーアが1991 年に発表したキャズム理論です。
これに従えば、生成AIの導入にあたってまず社内のターゲットとすべきは「イノベーター」と、「アーリーアダプター」の人々です。
イノベーターは恐らく会社がなにか言う前に、すでに生成AIを使っているでしょう。2.5%の人には何も言わなくても問題ありません。
ですから生成AIの導入に当たって、経営側が何かしらのアクションを起こすとすれば、社内の「アーリーアダプター」を掘り起こすことです。
イノベーターとアーリーアダプター、合わせて16%の割合で社内に存在していると仮定すれば、100人の部署(あるいは会社)で、16名が生成AIの利用の対象となればいいわけです。
これはそれほど難しいことではありません。100名に向かって、「生成AI利用の社内実験に付き合ってくれるひと集まれ、会社の金で好きに使わせてあげるよ」と呼びかければ、それくらいの人数は集まるでしょう。
実際、私がインタビューを行った、生成AI導入に熱心な会社であっても、殆どの場合は「スペシャルチーム」ないし「特定の部門」に特化して、まずそこで実証実験をしてから展開しよう、という会社が多いと感じます。
実際、私がヒアリングを行ったあるクリエイティブ系の大手企業では、全社員の約1%に、「ChatGPTを始めとした、生成AIの各種ツール」を有料無料問わず好きに使わせ、ユースケースの開発を行っていました。
いうなれば、「イノベーター」の一部に自由に使わせた状態を、意図的に作り出したのです。
その際に、法的なリスクを回避するために、主幹事部門+コンプライアンス部門がタッグを組み、用途にかんしてコンプライアンス部門がリスクチェックをする、という体制を取っていたようです。
仮説通りか調査を行ってみた
なお、私が代表をしている、生成AIの利用に関するコンサルティング会社「ワークワンダース」では、ICJ社とともに、上場企業の経営企画部門に対して、生成AIの利用状況についてアンケートを行い、184社から回答を得ました。それが以下のデータです。
まず、生成AI利用率を把握している企業の3分の2において、5%未満の利用率でした。
また、「積極利用者」については12%と、こちらも見事にイノベーター理論どおり、ということがわかっています。
ほぼ仮説通りと言ってよいでしょう。
また「生成AIへの期待度」については、使えば使うほど「期待が上がる」ということがわかっています。
しかし、「積極利用層」にしてみれば、PCやインターネットと同様に、明らかに生産性向上に結び付くことがわかっているのに、なぜ使わないのだろう、と不思議に思うでしょう。
なぜ生成AIを使わないのか?
まず「経営者が生成AIに関して無知」というパターンがあります。
調査によれば、生成AIについて積極的、つまり「自分で使ったことがある」のは、全経営者の約2割です。
この数字だけでも「少ないなー」と思うかもしれません。
そしてさらに悪いことに「中途半端に知っているだけ」だと、生成AIを禁止する方向に走ります。
したがって、従業員が「生成AIを試してみたい、使ってみたい」と思っていても、利用を禁止されてしまうという事があるのです。
経営者自らが使ってみれば「生成AIの技術は期待が持てる」と思うことがほとんどなのですが、経営者が勉強する気もなく、聞きかじった話ばかりするような人物であればそれもかないません。
実際、生成AIに関して導入予算確保は3割、利用促進をしているは2割にとどまっています。
また、環境を整備したとしても「現場が生成AIを使わない」というケースもあります。
生成AIを積極的には利用しない理由は、様々なものがありますが、大別すると、2つに分けられます。
一つは「どう使ったらいいかよくわからない」という理由。
そしてもう一つは、「使うと良いのはわかるけど面倒」という理由です。
前者は「新しいものを学ぶのが面倒」という方が多いようです。
逆に後者は「思ったよりうまく動作しない」という方が多いようです。
具体的には「どう使ったらいいかよくわからない」というケースの多くは
・触ったことがない
・少し使ってみたけどよく分からなかった
・新しいものは苦手
といった、一種の怠け心が働いています。
そのため、一般的に言われている
「生成AIとはなにか」
「生成AIの使い方」
「生成AIの用途」
などを、熱心に教育したとしても、ほとんど利用率は上がりません。勉強会や研修、ルールと環境整備だけでは利用は進まないのです。
というのも、PCだろうと、オフィスソフトだろうと、何であっても、
「新しい試み」というのは、それになれるまでにある程度の努力と次巻を要するからです。
そもそも現在のところ「生成AIの使い方」というのはPCと同じで、触りながら試行錯誤して覚えるものであって、本を読んだり、研修を受けたりして身につくものではありません。
つまり「使い方がわからない」と言っている多くのひとの本音は、
「面倒なんで、覚えたくないし、それほど使いたくもない」なのです。
自分で試行錯誤して使ってみて初めて効果を実感できるタイプの技術は、「これいいよ」と、周りにふれまわる伝道師を地味に増やしていった結果、キャズムを超えて一気に広がる、というパターンになります。
逆に言えば、これからしばらくは「積極利用層」と「消極層」の間で、生成AIの使いこなしに関する能力には、かなりの差がつくことが予想できます。
しかし、結局のところ「使うかどうかは個人の志向に依存する」現在の状況では、残念ながら「今使っていない」人に「無理に使わせない」方が良いでしょう。
彼らは良くも悪くも保守的なマジョリティなので、無理に使わせると拒否反応を示します。
彼らに対して最も説得力があるのは「周りはみんな使っているよ」という言葉ですから、現状では彼らにはどのような言葉もあまり届きません。
今は無理にすそ野を広げようとせず、「積極利用者」に向けて、環境を整備したり、情報を渡したりするだけでよいでしょう。
積極利用層は何を考えているのか?
なお、「積極利用者」と「未利用者」においては、生成AIの利用イメージにもかなりの差があります。
「未利用者」の生成AIに対するイメージは、一言で言えば「効率化」と「コスト削減」です。
つまり翻訳や、今やっている業務の肩代わりなどのイメージしかなく「仕事のやり方の変更」や「業務の抜本的な見直し」は想定できていません。
逆に「積極利用層」つまり実際に触っている層にとっては、仕事の質の向上に大きく影響がある、と確信していることがわかります。
つまり「今までできなかったことができるようになる」という感覚を持てるのです。
とくに、営業、法務・コンプライアンス、マーケティング、総務、人事などの分野では積極的な利用を行うユーザがおり、手ごたえをつかんでいる人も多いのではないかと推測できます。
導入・推進に際して、これらの部署を最初のターゲットにすることは積極利用を誘引しやすく、意味があるでしょう。
一方で、「積極利用層」のなかでも、いくつかのパターンに分かれることがあります。それは「使いこなしがうまい人」と、「使いこなすのに苦労する人」です。
そしてこの能力差は主に「目的意識」「業務理解の粒度」「言語化能力」の高低に依存します。
つまり生成AIに対して、自分の目的や業務の中での位置づけを理解し、はっきりとプロンプトを通じて指令ができ、思っていた結果が得られないときにそれを修正するための指令を言語化できること。
そうした一種の「優秀さ」が問われるのが生成AIの利用です。
むしろ生成AIの学習だけではなく、あらためて「自分たちの業務の粗」に関して勉強会などを行ったほうが良い結果が得られるかもしれません。
企業はこれからどうすべき?
生成AIの利用に関して正解はありません。
が、今回の調査での示唆はあります。
まず一つ目の示唆です。
今はまだよーいドンの段階だが、使う個人とそうでない個人の生産性の新たな格差がより広がる懸念
今はまだイノベーター層と、アーリーアダプター層が、個人的に、あるいはごく一部の積極経営者の元で、触っている状態です。
ですから積極層と、消極層の差はまだまだ広がるでしょう。
その結果得られる、二つ目の示唆としては
経営者は自ら実感するだけでなく、社員底上げ・リスク回避の罠を乗り越え、先進社員による会社変革のポテンシャルを引き出すべき
と言えます。
生成AIの真価は、自分で使わない限り理解できません。経営者が「生成AIにふれたことがない」というだけで、大きなリスクを抱えてしまう状況です。
ですから企業経営者はまず、自分で使ってみてください。
そうすれば、イノベーター社員、アーリーアダプター社員に対して、どのような支援が必要なのか、おのずとわかるでしょう。
具体的には
・予算を付けて自由に触らせること
・利用の環境とルールを整備すること
・営業やマーケティング、総務だけではなく、コンプライアンス部門を巻き込むこと
・経営者自ら使ってみて情報発信すること
・イノベーター社員、アーリーアダプター社員に情報発信させること
・業務の振り返りと、改善事項の言語化を生成AIの存在を前提で行うこと
といった試みが有効だと感じます。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
◯X:安達裕哉
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