このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。
少し前に「正確に文章が読めない人の話。」という記事を書いた。
賛否両論あるだろうが、多かれ少なかれ「読めない人」が身の回りにいるという点では、多くの方の賛同を得られるだろうと思う。
さて一方で、この記事を受けて、少なくない数の質問をもらった。
それは、「読解力はどうやったらあがるのか?」という質問だ。
確かにこの記事の中では「読解力のない人には、文章をあまり読ませるな」という方法を勧めており、読解力の向上の方法には触れていない。
その理由の一つが、他人があれこれ画策しても、読解力はそれほどかんたんには向上しないので、コントロール不可能だという事が挙げられる。
だったら、インスタントな解決策としては「読ませない」のが一番だ。
そしてもう一つが、仮に当事者たちがやる気になったとしても、「読解力が足りないから努力しなさい」とだけ言われても、改善の方法がわからない点だ。
とはいえ、「読解力の有無」は仕事の成果に直結するため、「ぜひとも改善したい」と感じる人もいるだろう。
また、冒頭の記事で取り上げた「AI vs 教科書が読めない子供たち」の著者は、「基礎的読解力は人生を左右する」と述べており、読解力の向上を行う方法を探っている。
だが、残念ながら、著者の行ったアンケートだけでは「読解力」と相関のある習慣や学習が判明しなかった。
生活習慣、学習習慣、読書習慣などかなり網羅的なアンケートを実施しました。つまり、どのような習慣や学習が、読解力を育て、逆に損なう原因になっているかを調査したのです。まずは読書習慣。読書は好きか、苦手か。好きだと答えた場合にはいつごろから好きか、苦手な場合はいつごろから苦手になったか、直近の1ヵ月で何冊読んだか、好きな本のジャンルは文学かノンフィクションかなど、かなり細かく尋ねました。その結果、どの項目も能力値と相関が見当たらなかったのです。これはショックでした。当然、小さいころから読書が好き、と答えた生徒の読解力が高いだろうと期待していたからです。
新井紀子,Ai Vs 教科書が読めない子どもたち,東洋経済新報社
とくに注目すべきは「読書習慣」の項目が、読解力との相関がない、という事実だ。それだけではなく、学習の習慣やスマートフォンを使う習慣、新聞の購読の有無などとも、相関がない。
読解力をあげるには、「読書しなさい」といわれた人が多いのではないだろうか。
私自身も、そう言われたことがある。だが実際には、読書習慣と読解力との相関は(アンケートで調査した限りは)見られない。
結果として、著者は「今のところ、「こうすれば読解力は上がる」とか「このせいで読解力が下がる」と言えるような因子は発見されなかった」と述べており、アンケートでの読解力調査を断念している。
私はこれを読み、調査ではなく「読解力を向上させる実務」を担当している人の話を聞くべきだと思った。
より具体的には、「学習塾の先生たち」に聞くべきだと感じた。
学習塾において「国語の成績をあげること」は他の教科に比べて難しいとされている。しかし、彼らは「受験の成績」によって成果を判定されるのだから、国語の成績を伸ばす方法についても研究をしているはずである。
そこで私は、娘を通じて塾の先生に「読解力をどのようにあげたら良いのか。最も早く効果が出る方法はなにか」を聞いた。
すると驚いたことに、多くの先生がこう答えた。
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「一番早いのは、語彙力を高めることです」と。
読解力に即効性があるのは、語彙力を高めること
これは特に驚きではなかったが、重要な発見だった。
お茶の水女子大の名誉教授で、数学者の藤原正彦は著書「祖国とは国語」の中で、「人間はその語彙を大きく超えて考えたり感じたりすることはない」「知的活動とは語彙の獲得に他ならない」と断言している。
ものごとを考えるとき、独り言として口に出すか出さないかはともかく、頭の中では誰でも言語を用いて考えを整理している。例えば好きな人を思うとき、「好感を抱く」「ときめく」「見初める」「ほのかに想う」「陰ながら慕う」「想いを寄せる」「好き」「惚れる」「一目惚れ」「べた惚れ」「愛する」「恋する」「片想い」「横恋慕」「相思相愛」「恋い焦がれる」「身を焦がす」「恋煩い」「初恋」「老いらくの恋」「うたかたの恋」など様々な語彙で思考や情緒をいったん整理し、そこから再び思考や情緒を進めている。これらのうちの「好き」という語彙しか持ち合わせがないとしたら、情緒自身がよほどひだのない直線的なものになるだろう。人間はその語彙を大きく超えて考えたり感じたりすることはない、といって過言でない。母国語の語彙は思考であり情緒なのである。言語と思考の関係は実は学問の世界でも同様である。言語には縁遠いと思われる数学でも、思考はイメージと言語の間の振り子運動と言ってよい。ニュートンが解けなかった数学問題を私がいとも簡単に解いてしまうのは、数学的言語の量で私がニュートンを圧倒しているからである。知的活動とは語彙の獲得に他ならない。
藤原正彦 祖国とは国語 (新潮文庫) 新潮社
考えてみれば当たり前だが、知らない文章を読むにあたって、知っている言葉が多いのと、知っている言葉を知らないのとでは、理解のスピードが全く異なるし、知らない言葉は前後の文脈から推測しなければならない、となると、どうしても誤読が発生しやすい。
読めない漢字は読解の妨げになるし、意味のわからない慣用句、たとえば「尻馬に乗る」などと書かれても、これを知らなければ、読解に難儀するのは明らかだ。
また、数学を苦手とする人が、なぜ苦手なのかと問うと、そもそも「書いてある言葉の意味がわからない」ということも多い。
例えば大学の数学で「テイラー展開」という言葉が出てくるが、それを「ちょっと調べよう」と、wikipediaで参照すると、
数学においてテイラー級数は、関数のある一点での導関数の値から計算される項の無限和として関数を表したものである。そのような級数を得ることをテイラー展開という。
という説明が最初に出てくる。しかしこの説明を理解するには
「関数」
「ある一点」
「導関数」
「項」
「無限和」
「級数」
という言葉を理解していないと太刀打ちできない。
つまり「読解」を始めるには、そこに使われている言葉を知ることが第一歩なのである。
これは、英語を勉強するときに中学1年生の教科書を見ると、pen、apple、play、cat、dogなど、「まず単語を勉強する」ことから入っていることにも見られる。
語彙を増やすには漫然と「読書」をしても無駄
では、いったいどうすれば語彙を増やせるのだろうか。
最もかんたんに思いつくのは、「本を読むこと」だが、実際には先述したように、読書と語彙の相関は怪しい。
ただ単に読書量を増やせば、語彙が増える、というのは間違いだ。
実際、塾でも「文章を読ませて、語彙が増やす」と言う指導は行っていない。
では、どうやって語彙を増やすか。
これに関して参考になるのは、通信教育の「Z会」が運営するサイト、Z-squareに掲載されている、国立国語研究所の石黒圭教授の記事だ。
すべての教科の土台となる「語彙力」を小学生のうちに高めるには?(1)――「語彙が豊富だ」と言われるのは、頭の中にたくさんリストアップされているということですね。そうです。でも、知っている言葉が多くても、読んだり聞いたり書いたり話したりするときに、うまく使えなければ意味がありません。たくさん知っているという語彙の「量」だけではなく、その語彙を実際に使うことができるかどうか、つまり語彙の「質」も重要です。豊富な語彙を使いこなす力が「語彙力」です。それを式で表すと、語彙力 = 語彙の量(知識量)× 語彙の質(語彙を運用する力)となります。語彙力というものが語彙の知識量だけを指すのではなく、語彙を運用する力――言葉を使って考える力、感じる力、理解する力、表現する力――も含む以上、語彙力は人の頭の働きのかなりの部分を決定しています。こうしたことから私は、考える力の源は国語力、とりわけ語彙力にあると考えています。
知識量、すなわち「インプット」ばかりを重視しても、その一方の運用する力、すなわち「アウトプット」の量が少ないからだ。
石黒は著書「語彙力を鍛える」の中で、次のように述べている。
そこで考えなければいけないのは語彙力の中身です。言葉の数をたくさん知っていれば、それが語彙力につながるでしょうか。その答えはイエスでもあり、ノーでもあります。難しい言い方をすれば、言葉の数をある程度知っていることは、語彙力の必要条件ではありますが、十分条件ではないということです。言葉の数をある程度知っていなければ、難しい文章が読めませんし、人に伝わる文章も書けません。また、限られた語彙で考えていると、思考の幅も狭くなります。その意味では、言葉の数をたくさん知っていることは必要です。一方、言葉の数をたくさん知っていれば知っているほど、その人の思考力が豊かになり、人に伝わる文章が書けるかとなると、答えはノーでしょう。漢検は二級までは実用性があるように思いますが、一級になると実用性ががくっと下がります。一般に使われていない漢字ばかりが出題されるからです。(中略)言葉の数をたくさん知っているという「量」の面だけでなく、言葉をどのように知っているかという「質」の面も重要です。もし、言葉だけを憶えたいのであれば、毎日辞書とにらめっこするのが有効でしょう。しかし、辞書だけでは語彙力は身につきません。本を読んだり人の話を聞いたりという、生きた言葉に触れることで語彙力は身につくのです。
石黒は、「語彙とは何か」という問いに対して、意味のネットワークでつながる語のリスト、と定義をしている。つまり単独で言葉を知るのではなく、様々な言葉との関係を含めて、語を知っていく活動が必要だと言える。
そういう意味では「読書」は有効ではあるが、単に読書をすればよいという者ではなく、塾での指導のような、「文を読む中で、同時に言葉の意味を調べながら、繰り返し練習をする」という過程が必要なのだろう。
「AI vs 教科書が読めない子供たち」の新井紀子は、「もしかすると、多読ではなくて、精読、深読に、なんらかのヒントがあるのかも。」と推測をしている。
なお、具体的に石黒が推奨しているのが、以下に示す「語彙の量」を増やすための11種類の観点だ。
石黒圭 語彙力を鍛える 光文社
塾ではしつこく類義語や、対義語を問う問題が練習問題として出題されるが、これは語彙を増やすために有効なのだと言えるだろう。
また、石黒はもう一つ、「語彙の質」を高めるための11の観点も提供している。
これも塾では、「文中の語を使って説明せよ」や、「この語がさす意味は何か」などの問題を通じて、生徒たちに反復させている。
石黒圭 語彙力を鍛える 光文社
要するに、小学生が用いる「中学受験用の国語のテキスト」などは、恐らく語彙力の向上に効果がある。
というのも、大半の小学生は語彙力が低く、まずそれを強化しないと、高度な読解問題などには歯が立たないからだ。
日常に「語彙を増やす活動」を組み込む
では、具体的にどのようにこれらを実践していくのか。
最もかんたんなやり方は、まず「辞書を引く習慣を養う」ことから始めるのが良い。
例えば記事や本を読むときに、「分からない言葉」が出てきたときには、意味を推測し、それを辞書などを引いて、実際に正解と照らし合わせる。
余談だが、私が材先していたコンサルティング会社では、会議の際には、全員に電子辞書の携帯を命じていた。
これは例えば「品質」とは何か、「目標と目的の違いは何か」といった、細かな言葉の違いをその場で調べて、全員で共有するためであり、見解の相違を解消するためにも非常に有効だった。
こういった地味な作業は軽視されがちだが、手っ取り早く語彙力を高めるための方法としては、アリだ。
なお、「辞書を買ったほうがよいか?」と言われたら、別にwebの辞書でもよいが、質の高い国語辞典を一つと、類語辞典を一つずつ持っておくと、仕事でも役に立つ。
個人的には国語辞典は「日本国語大辞典」、類語辞典は「日本語シソーラス 類語検索辞典」を使っているが、使いやすいと思うなら、何でも良いだろう。
なお、読書が趣味の人や毎日ブログを書いている人は、文章を読んだり書いたりするなかでつねに語彙力を鍛えており、必要に応じて言葉の意味や用法を調べる習慣がありますので、そうでない人との差はかなり開いていると考えらるが、「そこまで時間が取れない」と言う方もいるだろう。
そこで、二つ目の習慣として、「写経」が挙げられる。
写経とは、経文(お経)を手で書き写すことで、複写技術のなかったころ、仏教の教えを広めるために行われた。
われわれが行う場合、特にお経を書き写す必要はないが、「自分が好きな文章を書き写す」ことで、語彙力の向上、文章力の向上を狙うやり方がある。
と言っても、漫然と書き写すのではなく、文筆家として知られる、アメリカ建国の父の一人である、ベンジャミン・フランクリンのやり方が良いだろう。
このころたまたま私はスペクテイター紙(一七一一年アディソンとスティールがロンドンで創刊した日刊紙。翌一二年廃刊)の半端物を見つけた。第三巻だったが、この新聞はそれまでに一巻も見たことがなかった。私はこれを買い求めて再三熟読しているうちに、大変面白く思われてき、立派な文章だから、できれば真似てみたいと考えた。その目的から、同紙の文章をいくつか選び出し、一つ一つの文の意味について簡単な覚え書を作り、そしてそれを数日間放っておいてから、今度は本を見ないで、頭に浮んで来る適当な言葉を使って覚え書にしておいた意味を引延し、原文にできるだけ近く表現しながら、もとの文章に戻すことを試みた。それから原文と私の書いた文章とを比べ、誤りを見つけては訂正した。すると私は自分がいかに言葉を知らないか、また知っている言葉でもやすやすとは思い出して使えぬことに気がつき、もし詩を作りつづけていたら、とうの昔にそんなことはできるようになっていたろうと思った。
「メモから、元の文章を復元するように書いてみる」と言う練習法は、文章力の向上と、語彙力のアップとを両方一度に狙うことができる。
ブログを書くよりは、かなり時間的な余裕がなくてもできる。
ただし、これでも「そこまではできない」と言う方もいるだろう。
その場合、Twitterを使った練習法もある。
具体的には、あるニュースを選定し、それを140文字に要約してTwitterに流す。これを1日に5ツイートほど行う。
あくまでも要約を構成して流すだけだが、文章を書くときと同様に、わからない言葉が出てきたら、必ず辞書を引くことは忘れてはならない。
手っ取り早くドリルをやりたい方には
なお「それもなかなかやる時間が取れない」と言う場合には、語彙力をアップするドリルなどが、手っ取り早く役に立つだろう。
注意点として、ドリルを行う際には、「見るだけ」ではなく、「書く」、つまりアウトプットを伴う行為を要求されるものにすること。
例えば、中学受験塾のSAPIXでは、「言葉ナビ」と言うテキストを用いて、子供の語彙を増やしている。
構成要素としては、
・ことわざ
・慣用句
・熟語
・同音異義語、同訓異字
・そのほかの表現
となっており、特にことわざ、慣用句、熟語のボリュームが大きい。
各パートは、以下のように「赤字のところを赤いフィルムで伏せて回答する」と言う形式になっており、よくある学習参考書の形式だ。
ただしSAPIXのテキストは一般向けにに刊行されていないので、Amazonなどで売っている本の中で、この目次と形式に当てはまるものを選択すればよいだろう。
そういう観点では、語彙力でベストセラーになっているが、以下のような本などは、あまり良くない。テキストの構造上「読むだけ」だからだ。
逆に、ドリル形式になっているもののほうがお勧めで、例えば以下のようなものは有効だろう。
本来であれば、読書や作文を通じて、辞書を引いて語彙力をつけていくことが理想だが、時間がない場合は、小中学生用のドリルをこなすだけでも十分、役に立つ。
まとめ
「読解力を上げる」というと、何か大層なことをしなければならない、と言うイメージになりがちだが、実際に読解力は、「知っている言葉の数」に大きく依存する。
日常に言葉を調べる習慣、例えば辞書を片手に読書する、Twitterで要約練習する、などを組み込むのが最も無理なくやれる方法だと思うが、「短期間で集中的に何かできることを」と言う方には、写経やドリルなどが役に立つだろう。
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元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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