はじめに――観光産業再生と地域経済の状況
地域経済を救う観光産業再生の秘策とは何か。この問いは、コロナ禍による観光需要の大幅な減少を経て、改めて注目されています。観光業は、宿泊・飲食・交通・小売など多様な事業者の収益基盤を支える地域産業の中核です。
近年は外国人旅行者の増加によるインバウンド需要への期待が高まっていましたが、感染症拡大によって状況は一変しました。多くの観光地が深刻な売上減に直面し、雇用維持も困難となったことで、観光産業再生の必要性が強く認識されています。
観光産業再生を目指すには、人材流出の防止や地域資源の価値再定義、観光需要の変化に応じたサービス提供が重要です。観光支援策や公的融資の活用、宿泊施設の改修や廃屋の整理といったハード面の整備に加え、キャッシュレス決済やオンライン予約システムの導入など、利便性向上にも注力する必要があります。こうした面的な再生によって得られる収益を設備投資やサービス向上に還元し、高付加価値な観光体験の好循環を生み出すことが期待されています(参照*1)。
さらに、訪日外国人の増加が見込まれるアジア圏や欧米豪の旅行者の多くは、大都市よりも地域に根差した文化や景観を求めています。日本政府観光局の調査によれば、アジア・欧米・オーストラリアなどの高所得層を中心に、地方を訪れたいというニーズが高まっており、地域経済の立て直しに大きな期待が寄せられています(参照*2)。
こうした動向は日本全体の観光立国政策とも連動し、地域社会の活性化と幅広い経済効果をもたらす要因となっています。
観光産業再生に必要な面的アプローチと高付加価値化
面的アプローチによる地域全体の再生
観光産業再生を進めるには、単独の施設や企業だけでなく、地域全体を面的にとらえる視点が不可欠です。特定の旅館や観光スポットのみを整備しても、周辺の飲食店や交通手段、地域全体のブランドイメージと連動しなければ十分な効果は得られません。観光地が面として連動し、宿泊施設や観光資源、周辺商店街が一体となって来訪者を受け入れることで、経済効果を地域全体に波及させることができます(参照*3)。
高付加価値化と観光コンテンツの磨き上げ
優れた自然景観や歴史・文化を活かした観光コンテンツの磨き上げが重要です。施設改修やサービス提供体制の見直しによる高付加価値化は、観光需要が一時的に落ち込んでも、競争力の高い体験や洗練されたサービスを提供できる地域づくりに寄与します。こうした地域は、得られた収益をもとに自律的な再生を進めやすくなります。
面的再生を支える具体的施策
面的再生を具体的に進めるには、地域全体の施設整備や古い建物の撤去などの計画立案、宿泊・飲食・交通が一体となった統合的DXの推進による利便性向上、地元企業や住民との協力関係の構築と観光収益の地域循環が挙げられます。これらの取り組みには、旅館や観光施設の改修費用だけでなく、ノウハウやファイナンス面での支援も必要です。政府が進める再生策には、観光産業を広く支援する助成制度や低利融資制度の活用、廃屋撤去による景観改善などが盛り込まれています(参照*4)。面的アプローチを通じて地域が一丸となり、多様な観光ニーズへの対応力を高めることが観光産業再生の要です。
政策支援と地方創生2.0における観光産業再生の意義
政策支援の重要性と官民連携
観光産業再生をより強力に進めるには、国や自治体による政策支援が不可欠です。大規模改修やファンドによる投資を伴う事業転換には、地域単位でのお金の流れを意識した取り組みが求められます。観光産業の事業者が単独で乗り越えるには限界があり、公的機関や金融機関、地域住民を巻き込んだ連携が再生の原動力となります。
地方創生2.0と観光産業の役割
観光は地方創生を進める切り札とされ、若者や女性の雇用拡大にも寄与します。観光庁や政府の施策では、観光地再生を通じて地域経済全体が潤う好循環の創出を目指しています(参照*5)。
観光立国推進閣僚会議では、2024年の訪日外国人旅行者数が約3700万人、消費額が約8.1兆円に達したことを受け、全国への波及と地方観光の整備が強調されています。持続可能性の観点から、自然や文化、地域住民の暮らしと調和しながら経済効果を最大化する考え方も重視されています。
アフターコロナ時代の観光と社会的意義
アフターコロナ時代の観光では、地域特性を活かした魅力が国内外で高い訴求力を持ちます。観光は単なる娯楽にとどまらず、地域の雇用や税収、文化継承にもつながるため、政策支援の意義がさらに高まっています(参照*6)。
地域固有の伝統芸能や歴史的風致を活かしたプログラム、新たな観光モデルとしてのワーケーションや地域交流型体験などを取り入れることが、社会的意義と利益創出の両面から観光産業再生に寄与すると期待されています。
宿泊業界を中心とした観光産業再生の実践事例と担い手育成
宿泊業の現状と課題
宿泊業は観光産業再生の根幹を担う分野です。ホテルや旅館などの宿泊施設は観光客が滞在し、地域の食文化や風土に触れる最初の入り口となります。しかし、コロナ禍の影響で経営が悪化した宿泊業者は多く、事業承継や経営革新の停滞、有形無形の資産を十分に活かしきれない状況も指摘されています。こうした課題を解決するため、成功事例を他地域へ横展開する仕組みが重要視されています(参照*7)。
観光業関連団体が地域に根差した支援チームを構成し、金融や経営の専門家からアドバイスを受けながら宿泊業の再生に取り組む事例も増えています。
多角化と体験価値向上の取り組み
具体的な再生策として、地域全体のパッケージ商品を企画し、宿泊以外の消費要素に誘導する多角化が有効です。少人数制のワイナリーツアー付き宿泊や、地域住民との交流を伴う体験型プログラムなど、宿泊客が複合的に楽しめる体験価値を高めることで、旅行者の満足度や地域への愛着が増します。
人材育成と地域ぐるみのサービス向上
人材育成の面では、宿泊施設内部だけでなく、地域おこし協力隊などを活用して観光人材を確保し、地域ぐるみでサービスの質を底上げすることが重視されています(参照*8)。
宿泊施設と地域産業を連携させた付加価値の高い旅行商品づくり、補助金や投資を活用した施設改修と新サービスの開発、スタッフ教育プログラムの充実や多様な分野の人材受け入れ体制整備などが実践ポイントです。こうした取り組みを進めることで、宿泊業界における観光産業再生は地域全体の相乗効果を生み出し、自立した経営の確立と地域住民の暮らしを支える基盤の強化につながります。
面的DX導入と観光地価値変革への展望
面的DX導入による利便性向上
観光産業再生に向けた面的アプローチでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用が重要です。単にオンライン予約システムを導入するだけでなく、地域一体でキャッシュレス決済や交通データの活用などを進めることで、観光客にとって分かりやすく便利な旅行体験を提供できます。共通QRコード決済やスマートフォンによる観光情報の一元管理、宿泊・飲食・交通をセットにしたデジタルプラットフォームなどは、今後さらに期待される分野です(参照*9)。
観光地価値変革と経済波及効果
地域の観光資源を総合的に管理し、利用者の興味や行動パターンを分析してサービス向上を図ることは、観光地の価値変革にも直結します。データを活用したアクティビティ予約の調整やオフピーク期の需要補完など、多様な施策が実現可能です。観光庁が公開している事例集では、面的DXを導入して宿泊・体験・飲食をシームレスにつなぐ仕組みを作り、来訪者が手軽に予約から決済までを完結できるようにした地域の事例が紹介されています(参照*10)。
これにより観光客が滞在先で余暇を一層楽しめるだけでなく、地域商店や施設にも利用客が増え、経済波及効果が高まったとされています。
DXと地域固有の魅力発信
地域の特徴的な観光資源を活かす組み合わせが、宿泊以外の飲食や文化体験への発展につながるケースも多く見受けられます。DXがもたらす利便性と新奇性を活かしながら、地域固有の魅力をしっかりと発信することが、観光産業再生の持続的成長をリードするポイントです。
観光産業再生の未来に向けて
観光産業再生は、単なる経済復活にとどまらず、地域の暮らしや誇りを取り戻す取り組みでもあります。地域の施設や伝統、文化を一新するだけでなく、観光客を受け入れる体制や観光情報の発信、住民が持続的に働ける場を整えることで、観光地としての魅力が高まります。観光で得た収益が地域の教育や福祉に活用されることも、生活の質向上や地域の自立につながる要因です。
今後、観光庁や地方自治体、金融機関、観光関連事業者はさらに連携を深め、地方創生の実現に向けた施策を拡充していくと考えられます。観光産業再生が地域経済全体を救う秘策となるかどうかは、地域が主体的に動き、多様なステークホルダーを巻き込みながら時代の変化に合わせた価値を創出できるかにかかっています。多方面の連携によって、国内外の幅広い層へ地域の未知なる魅力を発信することは、これからの日本にとって大きな挑戦であり、多大な可能性を秘めたテーマです。
監修者
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
参照
- (*1) 観光庁 – 地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化
- (*2) ジェトロ – Government Initiatives | Tourism and Hospitality – Industries – Investing in Japan – Japan External Trade Organization
- (*3) 観光庁 – アフターコロナを見据えた観光地・観光産業の再生に向けて~「アフターコロナ時代における地域活性化と観光産業に関する検討会」最終とりまとめを公表します~
- (*4) 観光庁 – 持続可能な観光地域づくり戦略
- (*5) 首相官邸ホームページ – 令和7年3月18日 観光立国推進閣僚会議
- (*6) 観光庁 – アフターコロナ時代における地域活性化と観光産業に関する検討会
- (*7) 観光庁 – 宿泊施設における生産性向上の促進
- (*8) 観光庁 – 持続可能な観光地域づくり戦略
- (*9) 観光庁 – 「地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化」事業の第1期地域公募を開始いたしました。
- (*10) 観光庁 – 「地域一体となった観光地・観光産業の再生・高付加価値化事業の優良事例集」を作成いたしました
