論理的な思考力を身につけるための訓練の話。

このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。


仕事において、論理的な思考力が問われるシーンは多い。
会議でのディスカッションは言うに及ばず、提案、質問への回答、報告など多岐にわたる。
そして何より、わかりやすい文章を書くために、論理的思考力は極めて重要だ。
特に、コンサルティング会社においては、「論理的な思考力」が仕事上、必須だった。
というのも、相対するクライアントの経営陣の多くが「論理的な思考力」を身につけていたからだ。
結局のところ、論理的で賢い人々を説得するには、何よりまず「論理が正しいこと」が大前提となる。
論理の矛盾や、思考の抜け漏れは許されない。
 
 
そうして、明らかな論理の欠陥が無い状態で初めて、提案の新しさや当事者の情熱、あるいは意見の面白さなど、そのほかの付加的な価値が俎上に上がる。
 
だが本来人間は「論理的に考える」のが苦手だ。
例えば、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者、ダニエル・カーネマンは次のような問題を示した。(解答は文章末尾)
以下の文章にできるだけすばやく、論理的に成り立つかどうか、YES/NOで答えてほしい。
二つの前提から最後の結論は導き出せるだろうか。
 
すべてのバラは花である。
一部の花はすぐにしおれる。
したがって、一部のバラはすぐにしおれる。
 
カーネマンは、「ほとんどの人の頭にはもっともらしい答えがすぐに思い浮かぶ。だが、それは多くの場合間違っている。」という。
これを打ち消すのは至難の業だ。
というのも、「だってバラはすぐにしおれるじゃないか」という内なる声がしつこくまとわりついて、論理をチェックするのが難しくなるからだ。
 
たいていの人は、結論が正しいと感じると、それを導くに至ったと思われる論理も正しいと思い込む。
たとえ実際には成り立たない論理であっても、である。
 
ここで重要なのは「人ならだれでも論理が苦手」であるという事実だ。
もちろん中には「用心深い人」もいる。しかしそれは意図的に努力して注意深くなるように努力しているだけであって、人は「論理が苦手」という脳の構造そのものから逃れることはできない。
 
だが、若かろうが経験が浅かろうが、客は厳しい目でコンサルタントを見るから、論理的な思考を行う技術はすべてのコンサルタントに対して教育が行われていた。

論理的な思考力とは何か

しかし、この技術を身につけさせるときに、常に話題となるのが「論理的な思考力とは何か」という根本の部分だ。
例えば、2001年に出版された元マッキンゼーの人物が著した『ロジカルシンキング』には、こうある。

ロジカルシンキング 照屋華子・岡田恵子 東洋経済新報社
 
本の出版から20年以上たち、いまではすっかりおなじみとなった「MECE」と、「So What?/Why So?」という二つの技術だが、要は
1.
もれなくダブりなく、「要点は〇つあります」と言いきれる技術
2.
So What? → 結局どうなの? と要点をうまく抽出する技術
Why So? → 具体的にはどういうこと? を確認する技術
ということができる。
これらを組み合わせたのが、下の「ロジックツリー」だ。

ロジカルシンキング 照屋華子・岡田恵子 東洋経済新報社
書籍では、これら以外にも複数のパターンが紹介されているが、これらは要するに、「結論」に説得力を持たせるための「ロジックツリー」を組み上げるための技術だという点は、変わらない。
マッキンゼーの観点からは、「論理的な思考力」とは、ロジックツリーがきちんと書けるようになることだ、と言える。
「コンサル一年目が学ぶこと」の著者の大石哲之氏も、著作中でロジックツリーに触れており、論理的思考の具体例として挙げている。
コンサル一年目が学ぶこと 大石哲之 ディスカヴァー・トゥエンティワン
このロジックツリーは、コンサルタントを職業としていく方には、ある程度必須の技能と考えてよいだろう。
 

論理的思考=筋道を立てて考えること

しかし、ロジックツリーは論理的思考そのものではない。論理的思考を助けるためのツールではあるが、論理的思考をするときに、常にロジックツリーを作るわけでもない。
コンサルタントが職業に必須の技術として身につけるのは良いが、そうではない多数の人々が、「論理的思考」をロジックツリーの形でとらえてしまうと、「論理的思考は不便だな」という誤解を生じかねない。
では、もう少し理解しやすく、使いやすい「論理的思考」のサンプルはあるだろうか。
実際、私がコンサルタントをやっていた時も、部下の中には「論理的思考」を苦手とし、主張に理由と事実を付けて説明をするのに、恐ろしく時間がかかる人も少なからずいた。
そういう人にどのように「論理的思考」を無理なくインストールするか。これは、上司として頭の痛い問題の一つだった。
また、我々は「ロジカルシンキング研修」という、顧客向けの研修プログラムをもっていたが、やはりMECEなどの説明が難しすぎる、という参加者が多数おり、プログラムに対する根本的な対策が必要だという事実もあった。
そこで、我々は「論理的思考」の概念を極限までそぎ落とし、一言で理解できる、簡単な「論理的思考」の定義を作り出す必要に迫られた。
正確さはある程度捨てても、すぐに実践でき、ある程度「論理的思考」を身につけるための入り口として役に立てばよい、という割り切りを行ったのだった。
その結果生まれたのが「論理的思考」は、「筋道を立てて考えること」だという説明だ。筋道には2種類ある。
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一つは、さかのぼって「なぜ?」を説明すること。
そしてもう一つは、結果を予想して「ゆえに」を説明することだ。
この「なぜ?」と「ゆえに」が説明できていれば、論理的思考はひとまず及第点としよう、という発想が、我々の研修で採用した「論理的思考」である。
そして、新人のコンサルタントで論理的思考が苦手な人物にも、事あるたびに、ひとまず「なぜ?」と「ゆえに」を説明させるように仕向けた。
これは効果てきめんで、複雑なロジックを用いずに、筋道を立てて考え、説明することを求められるようになるため、比較的早い段階で、論理的思考の書を身につけさせることができるようになった。
 

高校生に「論理的思考」を教える

とはいえ、「筋道を立てる」だけでは、簡単すぎる、という方もいるかもしれない。
 
 
その場合、NHKの高校生向けの番組が参考になるだろう。
 
「論理的ってどういうこと?」という質問に対して、「三角ロジック」という手法を解説している。
 
誰かに自分の意見を伝えるとき、「論理的」に話すことができると説得力が増します。番組では、そのための方法のひとつ、三角ロジックという考え方を紹介します。「主張」「理由」「事実」の三つを組み合わせて、順を追って説明していきましょう。その際、さまざま視点から情報を集めておくことも大切です。
 
三角ロジックのポイントは、主張(結論)に対して、その理由と理由を裏付ける事実を用意するにとどめている点だ。
 NHK高校講座 現代の国語
ロジックツリーと構造自体は全く同じだが、MECEによる縛りが緩く、理由に続けて、客観的な根拠を列挙するにとどめている。
 
これならば、高校生であっても使えるし、一般の社会人であっても、少し心がけるだけで、論理的思考を身につけることができる。
ある程度、筋道を立てて考えられるようになったら、「三角ロジック」を使ったプレゼンテーションの練習をさせてみるも良いだろう。
 

論理で「説得」されるか?

なお、論理は上の番組では、「説得力が増すので使う」とされているが、現実的には、論理は説得の数ある手段の一つに過ぎない。
2000年以上前の哲学者である、アリストテレスはその著書「弁論術」の中で、説得のオプションを3種類、紹介している。
(1)「人柄によって」
論者を信頼に値する人物と判断させるように言論が語られる場合のことである。とりわけ、確実性を欠いていて意見の分れる可能性がある場合にはそうする。
論者の人柄は最も強力と言ってもよいほどの説得力を持っているのである。 
 
(2)「聴き手を通して」
言論に導かれて聴き手の心が或る感情を抱くようになる場合のことである。なぜなら、われわれは、苦しんでいる時と悦んでいる時とでは、或いはまた好意的である時と憎しみを抱いている時とでは、同じ状態で判定を下すとは言えないからである。
 
(3)「言論そのものによって」
説得がなされるというのは、個々の問題に関する納得のゆく論に立って、そこから真なること、或いは真と見えることを証明する場合を言う。
 
一つ目はまさに「何を言うかより、誰が言うか」という話。
二つ目は「聞き手の感情を揺さぶって説得する」話。
そして三つめが、今回のテーマの「論理による説得」となる。
ポイントは「言論そのものによる説得」が、実は最も難しい、という点だ。
というのも、どこまで行っても「完全なファクト」は存在しない。
だから、無欠の論理もまた、存在しない。
しかも「論理による説得」は、語り手だけではなく、相手側の論理リテラシーを要求するので、実質的には、1)と2)のほうが、簡単なのだ。
 
さらに言えば、「論理」は都合よく捻じ曲げられてしまう。
たとえばファクトの一つとして、以下がある。
「東大生である、ということと、その家庭が裕福である、ということに相関がある、しかし、因果は証明されていない」
 
しかしここに「お金持ちの家はお金があるので子供の成績が良くなる」という因果を見出す人はとても多い。その人達が言いたいのは「能力がないのではなく、カネがないことで不遇になっている」だからだ。
こうなるともはや、「言論そのものによって」の説得は不可能で、権威などに頼るか、感情に訴えて説得するほかはない。
論理による説得は、コンサルタントなどが用いる、一種の特殊な技能に過ぎず、一般に広く適用できることではないところに、注意が必要である。

論理的思考は「説得」ではなく「検証」に使う

したがって、実は「論理的思考」を説得に使う事は、あくまで例外事項というべきで、本来は「自己批判」や「自らの思考の検証」に使うことが良いと言える。
特にこれは「バイアス」を排除するのに役に立つ。
例えば、以下の問題を解いてみてほしい。
バットとボール合わせて、1ドル50セントします。
バットはボールよりも1ドル高いとき、ボールは何セントでしょうか?
 
論理をすっ飛ばして慌てて答えると、50セント、という間違いにたどり着く。しかし、落ち着いて論理的に考えると、正解を出すのはさして難しくはない。
このように論理は本来、自己批判、自己検証に使う事で、本来の力を発揮できる。
自分が語っていることの「筋道」をぜひ検証してみてほしい。
「なぜ」こう言えるのか。
その結果「ゆえに」どう言えるのか。
この2つをきちんと説明できるようになっていれば、論理的思考力はひとまず、免許皆伝と言っても良いくらいなのだ。
*冒頭のクイズの正解はNO
 

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

◯X:安達裕哉

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