このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。
さて、「書けない」という状況は、読み書きを習ったことのある人であれば、ほぼ全員が感じたことがあるのではないでしょうか。
小学校の作文に始まり、日記、手紙、ブログ、SNSへの投稿まで、
「書けない」という悩みは、「文章」が大きな役割を持つ現代では深刻な課題です。
事実、2018年の、OECDによる 生徒の学習到達度調査(PISA)において、
日本の子どもたちは
” 読解力の自由記述形式の問題において、自分の考えを他者に伝わるように根拠を示して説明することに、引き続き、課題がある ”
と報告されています。
しかし、なぜこれほど多くの人が「書けない」で悩むのでしょう。
そこで、様々なシーンでつぶさに「書けない」を観察すると、そこにはいくつかの段階が存在することがわかります。
それが、以下の事項です。
レベル1.書きたくない
レベル2.考えてない
レベル3.知識が足りない
レベル4.表現力、語彙力が足りない
レベル5.「惹きつける文章」を書けない
なお「レベル」という表現は、書き手の文章のレベルを示しているのではありません。
ひとつ下のレベルをクリアすると、やっと次のレベルの話に取り組める、という「書き手の発達の段階」を示しています。
「書く」は一気にレベルが上がるのではなく、段階的な発達をします。
したがって、上から順を追って見ていただき、「書けない」と悩んでいる方は自分がレベルいくつで止まっているのかを判断していただくと良いと思います。
レベル1:「書きたくない」人たちへ。
「そもそも、書きたくないのに無理やり書かされている」との状況は各所で見受けられます。
例えば、以下のような場合です。
・会社の指示だから
・お金もうけのため
・キャリアアップに「発信が重要」と聞いて
ただ、全否定はしませんが、子供はともかく、
大人が「書くのは嫌いだけど、仕方なく書く」のは、あまりおすすめしません。
なぜなら「書く」はスポーツやプログラミングと同様に、それなりのレベルで行うには「長期間の練習が必要な技能」だからです。
正直、大人が真面目に取り組んでも、それなりの成果が出るようになるためには、数年かかります。
プログラミングの初心者が、実務レベルで使えるようになるスキルを身につけるためには何年も地味な修練が必要です。
ですから、ほとんどの取り組みは無駄になる。
同様に、最低限「メールが書ければ良い」「チャットができれば良い」という人に、無理やり記事を書かせても、おそらく時間の無駄です。
「SEO対策のため」と無理やり記事を大量生産している人も見受けられますが、長期的にはGoogleがそのような記事を上位に留める可能性は低いため、費用対効果は合わないでしょう。
もちろん「無理やり書いた記事」がバズることもほぼありません。
そして、本質的に、「書きたくない」は、上で紹介した「国語力」、あるいは「文章術」の範囲の外にあるため、その枠組では解決が不可能です。
「書くのが楽しいかどうか」は、才能や性格、環境、状況に依存するので、あまりコントロールできないからです。
もちろん、だからといって「発信するな」と言っているわけではなく「書く」以外にも、動画や絵画、写真など、表現手法はいくらでもあります。
もし、いくつか記事を試しに書いてみて、「私にはどうしても書くことが楽しめない」と、行き詰まりを感じるなら、動画や絵画で発信するなど、代替手段を考えたほうが良いでしょう。
レベル2:「考えてない」人たちへ。
書くのが少しでも楽しい、と思った方は、次の段階に進めます。
少し前、雨宮紫苑さんが次のような記事を書いていました。
文章を書けない人はきっと、自分がなぜそう思うのか、その理由に無自覚だ。だから、ことばで説明しようとしても、「だってなんとなくだし……」となってしまう。(中略)もしわたしがAちゃんのように「書けない」状況だったら、「それはなぜか」を考える。考えて考えて考えまくる。書けないことで困っている人、苦手意識をもっている人は、テーマに対して「なんで自分がそう思うか」をじっくり考えてみることをおすすめしたい。そうすればしぜんと、自分が伝えたいことが見えてくると思う。結局のところ文章は、「わたしはこういう理由でこう思います」に行き着くのだから。
一言で言えば、「なぜ」を追求しないと、自分の考えがまとまらない、結果的に「書けない」となると雨宮さんは主張しています。
あるいは、FPの中嶋よしふみさんも、同様の主張をしています。
ドラゴン桜では優先席の課題に先立って、国語教師の芥山が生徒を町に連れ出します。そこで英語や中国語、韓国語で書かれた駅の標識を見せて、なぜこのような標識があるのか? と問いかけます。生徒がそりゃ日本に来る外国人が増えたからにきまってるじゃんと答えると、ではなぜ外国人が増えたのか? と更に問いかけます。なぜなぜってそんなのどうでも良いと生徒が答えると、「だからあなたはバカなのだ!」と指摘されてしまいます。駅の標識のように、表に現れる現象は誰でも目に入ります。ニュースを見れば何が起きてるかも分かります。今ならコロナウイルスが原因で様々な問題が起きている事は小学生でも知っています。ただ、そこからさらに深掘りしてなぜ? と考える事がキャッチボールのスタートです。
彼らの「突き詰めて考えないから、書けないんですよ」という主張には、一定の説得力があります。
ひどい言い方をすれば、ドラゴン桜の登場人物のように
「理由なんて、どうでもいいじゃん!」と言ってしまい、
「だからあなたはバカなのだ」
と指摘されてしまうような人には文章が書けない、というわけです。
確かに、記事を書く行為は、実質的には「屁理屈をこねる」のに近いので、
「理屈なんてどーでもいいよー」という人は、記事を書くことができません。
余談ですが、文科省の文化審議会答申において、「書く力」についての具体的な目標は以下のようになっています。
(4)「書く力」について1)自分の考えや意見などを正確に伝える論理的な文章を書くことができる①客観的な根拠や理由に基づいて,自分の考えや意見を書くことができる。②読み手が理解しやすい構成を意識して,文章を書くことができる。③事実や根拠などを明らかにした論理的な文章を書くことができる。④単なる感想文ではなく,思考,分析,判断を伴う小論文を書くことができる。2)伝統的な形式や書式に従った手紙や通信などの文章を書くことができる①自分の気持ちなどを正確に相手に伝えられるように書くことができる。②社会生活に必要な実用的な文章をそれぞれの様式に従って書くことができる。③社会的な関係を踏まえた適切な敬語などを用いて書くことができる。④言葉を適切に使い分け,その場にふさわしい言葉を用いて書くことができる。3)様々な情報を収集して,それに基づいて明確な文章を書くことができる①本やインターネットなどから的確な情報を収集して,文章を書くことができる。②収集した情報を正確に分析し,分かりやすい要約文にまとめることができる。③会議や集会などで,分かりやすく説明するための資料を作成することができる。
上の中で「書く力」の目標は3つあります。
・自分の考えを書ける
・手紙、メールを書ける
・情報のまとめを書ける
自分の考え方や意見がなくても、「メール・LINE・SNS」や「まとめ記事」「Wikipediaの記事」は書けます。
しかし、「自分の考え」が入っていない記事は、ニュースや辞書と呼ぶべきものであり、悪くすれば三文ライターの書く「情報の寄せ集め」に過ぎません。
そして、これは「文章力」以前の問題であり、文章術で解決ができません。なぜなら、それらに対しては別途、「意見を持つ」訓練が必要になるからです。
ではどうやって「意見を持つ」のか。
これは、これだけで一本の記事になるくらいのボリュームがある話ですので、また別の機会に書きます。
レベル3:「知識が足りない」人たちへ。
「意見を持っていて、それを書きたい」人は、次のレベルに進めます。
前述した2点は「書く力」ではなく、その前提条件に課題があるケースでしたが、ここからは「書く力」の核心の話です。
さて、上で紹介した文科省の「書く力」では繰り返し、「主張の根拠」について言及されています。
例えば、以下のくだりです。
・事実や根拠などを明らかにした論理的な文章を書くことができる。
・様々な情報を収集して,それに基づいて明確な文章を書くことができる
これは一見、「情報収集が重要」と言っているように見えます。
しかし、実はそうではありません。
上を実現するためには「情報収集」の前に
「知見」
「ノウハウ」
「仮説」
「やったことがある」
などの「知識」が、絶対に必要です。
むしろ「情報収集」は、知識の保有を前提として、それを補完するために行うべき事項です。
「知識がなく、何を調べたらよいかわからない事柄」は、情報収集をして記事を書いても薄い記事にしかなりません。
ピーター・ドラッカーによれば「知識は、情報を仕事や成果に結びつける能力」とされており、「人に属する存在」です。
知識は、本の中にはない。本の中にあるものは情報である。知識とはそれらの情報を仕事や成果に結びつける能力である。そして知識は、人間すなわちその頭脳と技能のうちにのみ存在する。事業が成功するには、知識が、顧客の満足と価値において、意味あるものでなければならない。知識のための知識は、事業にとってあるいは事業以外のものにとっても、無用である。知識は、事業の外部、すなわち顧客、市場、最終用途に貢献して初めて有効となる。(創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
つまり書こうと思っている対象に対して
「知見」もなく
「ノウハウ」もなく
「仮説」もなく
「やったこと」もない事柄、つまり知識のない領域では、
普通、書こうと思っても書けないものです。
「Wikipediaのコピペをしたような記事」の原因は、そうした時に無理やり記事を書いてしまうからです。
私もBooks&Appsというメディアをやり、クライアントの記事を含めると、毎日少なくとも1本、記事を書いているからこそ、本記事がかけますが、では「ファイナンスについて書け」と言われたらおそらく無理です。
「調べれば書いてください」と言われても、おそらく大したことは書けないでしょう。
それは、知識の不足により、的確な情報収集と、仮設の設定ができないからです。
逆に言えば普段からやっている
「書き物」
「マネジメント」
「起業」
「社内コミュニケーション」
と言った話題については、独自の見解があります。そうしたネタであれば「書ける」可能性は高いでしょう。
月並みな結論ではありますが、記事は少なくとも「専門領域」で書くべきであり、専門領域以外では「取材」、あるいは「体験」は必須と言えます。
また「専門領域だけど、ネタがない」という人もいます。
ただ「ネタがない」のは、実は大した悩みではなく、単純に調査不足、知識不足であることがほとんどです。
実際、その分野の本を一冊でも買って読むと、たいていネタが浮かびます。
あるいは外に出て、人とそれについて小一時間議論でもすればよいのです。
レベル4:表現力、語彙力が足りない人たちへ。
さて、レベル3までをクリアした人は、書きたいし、普段から問題意識も持っている。独自の知見もある方でしょう。
仮に、その状態で「書けない」としたら。
その場合、明らかに原因は表現力、語彙力の不足です。
もっと言えば「言語化」の訓練不足とも言えます。
以前、しんざきさんが「「作文が書けない子」に本当に必要な訓練の話」というテーマで記事を書いていました。
この記事の核心は、「発想=(ネタ出し)をクリアしていても、それを言語化できるかどうかは別の話」との指摘です。
「書く」という行為には、大きく「発想」と「表現」という二つのプロセスがあります。つまり、・何を書きたいのかを考える・考えた内容を言葉に落とすという段階を経なくてはいけない。これに例外はありません。どんな文章でも、必ず、例外なく、この二つのステップを踏んでいます。で、冒頭引用文であげさせて頂いた文章は、基本的にこの二つのステップの内の第一のステップ、「発想」側に属する内容になっています。つまり、「何を書くのか」「何を書きたいのか」ということを引き出す為のプロセスです。これはこれで大事です。ところで、「表現」の方はどうでしょうか。我々は、「何を書きたいか」ということが決まった時、何の障害もなく、すらすらとそれを文章に書き出すことが出来るでしょうか?
具体例を出します。
私がよく引き合いに出す「表現力の凄さ」の事例として、イナダシュンスケさんの「サイゼリヤをおすすめするコンテンツ」があります。
読んだことのない人は、ぜひ一度お目通しください。
今回私が主張したいのは、サイゼリヤという店は(それが異性とのデートであっても)たいへん使い勝手の良いディナーレストランである、という事と、世の中のほとんどの人はサイゼリヤの正しい使い方を知らない、知ろうとしない、という事である。んなアホな、と思う方が大半であろうから、まずは私が考える、デートにぴったりのカップル用コースの内容を紹介しよう。
この文章が素晴らしい理由の一つは「サイゼリヤの素晴らしさ」への表現力です。
イナダシュンスケさんは「サイゼリヤはデートでも使い勝手が良い」ことを表現するために、「カップル用のコースを提案する」ネタを表現しようとしています。
ただ、普通の表現であれば「まず最初に◯◯を注文して、次に◯◯を注文して……」といった「おすすめメニュー」の紹介に終止しがちでしょう。
ところがイナダシュンスケさんは、次のように書いています。
<アンティパスト>・ミラノサラミ ¥299・青豆の温サラダ ¥199 ペコリーノ粉チーズ¥69とミニフィセル¥169と共に・フレッシュチーズとトマトのサラダ ダブルサイズ ¥598 *必ずドレッシング無しでオーダーする事<プリモピアット>・ミネストローネ ¥299×2<セコンドピアット>・粗挽きソーセージのグリル ¥399・スペアリブのオーブン焼き ¥799<ドルチェ>・イタリアンプリン ¥249×2内容について少し解説を加えておこう。前菜はまずサラミだ。ここは生ハムと意見の分かれるところかもしれない。確かにサイゼの生ハムは値段の割にかなり美味しいのだが、それでも今時生ハムなら価格は別としてもっと美味しい切りたての物がバルなどでいくらでも食べられる。その点サイゼのようにちゃんとしたサラミを出している店は、世の中にだいぶ増えてきたとはいえまだまだ少ない。なのでここは是非サラミで。ルッコラが添えられているのもポイントだ。次に、絶対に外せないのがこの青豆だ。これは「サイゼでガバガバワインを飲むような層の人々」にたいへん人気のメニューである。コストパフォーマンスの良さも異常と言っていい。この青豆サラダに、ペコリーノを加えて潰すようにこねくり回し、さらにたっぷりのオリーブオイルを注ぎ込む。これをミニフィセルと言う名のパンを手元のナイフでスライスしてたっぷり載せれば極上のブルスケッタの完成だ。カリリと胡椒を挽くのも忘れずに。
この文章に使われている表現を切り出すと、
「コース料理のフォーマット」
「グルメ評論のフォーマット」
「他店との比較」
「「カリリ」「ガバガバ」「こねくり回し」などの変わった言葉」
と、様々な紹介のテクニックが使われています。
これは、相当な数の
「口コミサイト」
「グルメ雑誌」
「レストラン評」
を読み込んでいなければできない芸当です。
実際、著者のイナダシュンスケさんは別に、「食べログ100%☆活用術」なる記事を書いており、「食べログマニア」と言ってもよいほどの読み込みをしています。
ある文章を、読み込めば読み込むほど「どんな文章を読んだら伝わるか」が理解できる。すると、表現力が上がる。
表現する力の向上は、単純にこの繰り返しによるのです。
上で紹介したしんざきさんも、子供に表現力をつけさせるには「図書館で本を借りてくる」「文章を模写してもらう」の練習をさせると述べています。
具体的に私がどんなことをやっていたかというと、勿論色々試行錯誤したんですが、ある程度成功率が高かったのはこんなやり方でした。・図書館に行って何冊か児童書なりラノベなりを借りてくる・その中から、その子が少しでも興味を持てそうな本を選んでもらう・適当なページをコピーして、そこに「どの言葉とどの言葉が繋がっているか」を赤線で全部書く・そのつながりを説明した上で、ひたすらそのページの文章を模写してもらう要は、「繋がりのサンプルを確認する」「それをそのまま出力する」という経験をひたすら反復してもらわないといけなかったんですね。
さらに、以前の記事(【19】)でも触れた「アメリカ建国の父の一人」である、ベンジャミン・フランクリン。
彼は卓越した文章力で知られていますが、彼の文章力アップの秘訣は
「新聞の模写」でした。
このころたまたま私はスペクテイター紙(一七一一年アディソンとスティールがロンドンで創刊した日刊紙。翌一二年廃刊)の半端物を見つけた。第三巻だったが、この新聞はそれまでに一巻も見たことがなかった。私はこれを買い求めて再三熟読しているうちに、大変面白く思われてき、立派な文章だから、できれば真似てみたいと考えた。その目的から、同紙の文章をいくつか選び出し、一つ一つの文の意味について簡単な覚え書を作り、そしてそれを数日間放っておいてから、今度は本を見ないで、頭に浮んで来る適当な言葉を使って覚え書にしておいた意味を引延し、原文にできるだけ近く表現しながら、もとの文章に戻すことを試みた。それから原文と私の書いた文章とを比べ、誤りを見つけては訂正した。すると私は自分がいかに言葉を知らないか、また知っている言葉でもやすやすとは思い出して使えぬことに気がつき、もし詩を作りつづけていたら、とうの昔にそんなことはできるようになっていたろうと思った。
表現力、語彙力の不足は「真似してみたい文章」を読み込み、それを真似して書くことでしか、克服できません。
(余談ですが、私の表現は「ピーター・ドラッカー」の著作を翻訳している、上田惇生先生の文体をマネています)
つまり
「表現力が足りない」は、
「文章を読む量」と「文章を書く量」が足りていない、
と等しいのです。
作家や大学のセンセイの家にはそれこそ、本が山のようにありますが、それらこそ、彼らが「書く仕事をしている」ことの証です。
ですからレベル3に到達していて、かつ「書けない」という人は、
まさに今「量を追求する練習」が必要であり、「1日1記事」などの目標が有効な人たちです。
レベル5:「惹きつける文章」を書けない人たちへ。
レベル4までをすべてクリアしているあなた。
書けますよね。
書けるはずです。それなりに。
もしかしたら、すでにブログなどを運営している方かもしれません。
なので、この段階まで来ると「書けない」という言い方は正確ではないでしょう。
もっと適切な表現では、おそらく
「書けることは書けるけど、なんか面白くない」
ではないでしょうか。
あるいは「そこそこ書いているけど、バズらない」
かもしれません。
これが、最後の「書ける人」になるための関門です。
さて。
それでは「惹きつける文章」とは一体何でしょうか。
例えば、「ニュース」は「惹きつける文章」ではありません。内容には惹きつけられるかもしれませんが、文章自体に引きつける力はない。
「報告書」はどうか。
違いますね。「論文」も同様です。「SEO記事」も同類でしょう。
では「小説」はどうか。あれは「惹きつけることを目的として書かれた文章」であり、村上春樹のような「国境を超えたファン」を生み出す作家もいます。
「詩」「随筆」も小説と同様です。「ブログ」やもしかしたら「SNS」も同じかもしれません。
この両者の違いは何か。
ズバリ言えば、それは「主観」です。
「事実を伝えること」を目的とした文章は、惹きつける記事にはなりません。逆に「主観を伝えること」を目的とした文章は、時として多くの人をひきつけます。
しかし「主観」さえ書いてあれば、惹きつけられるかと言うと、そうではありません。
たとえば「日記」や「SNSおける感情の吐露」は文章として全く面白くありません。
この差は一体何でしょう?
結論から言うとそれは「主観の影響力」に起因します。
「感動」「共感」「反省」「気づき」「心酔」など、どのような形式でも、影響力のある文章は、とにかく「人の行動変容」を促します。
日記やSNSでの感情の吐露は、「とにかく自分はこう思う」で完結してしまっており、人の行動変容に繋がりません。
ところが主観に影響力のある、できの良い「小説」「随筆」「詩」「ブログ」「SNSへの投稿」は、読み手「これって、私のために書かれたのでは?」と思うくらい、切々と語りかけてくる。
単純に言えば、「わかりみが深い」
これが最大の違いです。
この「わかりみ」が人を惹きつけるのです。
例えば、村上春樹の小説があれほど読まれた理由はなんでしょうか。
ハーバード大名誉教授のジェイ・ルービン氏は、次のように述べています。(太線は著者)
読んでみて、度肝を抜かれました。ある長編作品とは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でした。僕は日本人による作品で、これほど大胆かつ奔放な想像に恵まれた「小説の世界」は見たことがありませんでした。結末近く、一角獣の頭骨から大気へ放たれる夢の色彩が目の前にありありと浮かんだのを、今も思い出します。僕としては、この作品は是非自分の手で翻訳を行いたいと思い、出版社にその旨を希望したのですが、残念ながら願いはかなえられませんでした。しかし、この経験以来僕は村上さんの世界から二度と出られなくなりました。作品はすべて手に入れて読みましたし、大学の授業でも取り上げました。(中略)――村上作品は、何が読者の心を刺激するのでしょうか。僕もずっと考えてきたことなのですが、実は今も一つの謎です。いろいろな国の人と話しましたし、さまざまな説明が可能だと思いますが、正確な答えはわかりません。少なくとも言えるのは、彼の鮮やかでシンプルなイメージが直接的に読者に訴える。気取ったわざとらしいようなものがなく、読者の心にストレートに届くのです。
村上春樹の表現は突飛ではあるが、読めば、村上春樹の見えているものがわかる。文がインタラクティブで、著者の想像力とつながるように感じる。
これが「惹きつける文章」の正体です。
ですから、日記や心情を吐露するだけでは、惹きつける文章にはならない。
読者を想像し、歩み寄り
「あなたの考えていること、わかります。私の見ている世界も見てください」
を表現することこそ、文章の書き手にとっての本懐と言えるでしょう。
そしてそれは一種の「マーケティング」にほかなりません。
読者の求める共感、心情、行動変容からスタートして、文章を練り上げる。つまり「惹きつける文章」は、マーケティングに長けている。
ではこれをどうやって、自分のものとすればよいのか。
私がおすすめするのは「まずは短文から」です。
平安時代の貴族は詩歌に乗せて、思いを伝えたといいます。短文でも伝わるときは伝わる。
意中の女性に向けてマーケティングされた詩歌は、さぞかし「わかりみ」の深いものとなったことでしょう。
翻って、現代であれば、例えばTwitterが使えます。
140文字で「わかりみ」のある文章を作れるかどうか、試してみるのが良いでしょう。
最近では私もTwitterで書いてみて、受けが良ければ記事にするといった、テストマーケティングを行ってから、長文に移行しています。
まとめます。
1.書くのが好きにならないとダメ。
2.意見を持たないとダメ。
3.専門領域を持たないとダメ。
4.手本を見て、書く練習をしないとダメ。
5.マーケティングしないとダメ。
現場からは、以上です。
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