昔在籍していた会社では、しばしば本を書くことがあった。おおむね、2年~3年に一度は、何かしらの形で執筆する時期があったと思う。

 

なぜコンサルティング会社がわざわざ本を書くのか。

一番は、「本」が案件獲得のためのツールだったことだ。「本を読んで問い合わせた」という方が、少なからずいた。我々も、本の中にセミナーへの導線を仕込んだ。

また、営業の時に配布すれば喜ばれるし、セミナー時には講師が本を出していると箔がつく。

また、書いている内容は、コンサルティングのノウハウそのものだったから、案件を進めるときに、教科書代わりに使うこともあった。

 

執筆の形態

コンサルティング会社で執筆をするときには、大まかに2つのパターンがあった。

ライターを雇ってまとめてもらう場合

これは主に、「今、世の中で流行っているネタ」を書籍化するなど、スピードを重視する時に採用されたやり方で、話すだけでよいので楽だった。

あとは出てきた原稿を読み、修正を入れておしまい。一種の「ゴーストライティング」といえばよいのだろうか。

そこそこ良いライターさんにお願いすると、1冊に大体、100万円~200万円程度かかっていたようなので、「マーケティング費用」と割り切ってしまえば、本を出すのはそれほど難しくない。

あとは出版社から、所定数の本を買い上げる。販促費用渡したりすることもあった。それで無事世の中に本が出る、という寸法だ。

こうした、マーケティング目的の本は、自費出版ではないが「販促」も自分たちでやるので、出版社もリスクを背負う必要がないから、前向きである。

要するに「金さえあれば、本は出せる」ということを私はそこで知った。そういう本も、世の中にはたくさん出回っているのだ。

 

自分たちで書く場合

これも、もちろんよくあった、というよりむしろ、コンサルタントは積極的に執筆に協力するように求められた。評価の対象でもあった。

とはいえ、もちろん自分たちで作っていたコンサルティングの資料やマニュアルを、「本」として文書化していくのは、かなり大変な作業だった。

特に納期がきついときは地獄で、ある資格試験のテキストを作ったときなどは、それこそ徹夜を繰り返して何とか間に合わせた記憶がある。

 

「手分けして執筆」の問題点

ただ、手分けをして執筆を進めることに、問題がないわけではない。むしろ、問題だらけである。

まず文体の統一が大変だ。

書いてしまった後から、「ですます」を「である」に統一する手間など、考えただけで気が遠くなりそうだ。

あるいは表記ゆれ。

NTTと書くのか、NTTとかくのか、あるいはエヌ・ティ・ティとかくのか、これも人によってぶれが発生すると、探すことすら難しくなる。

したがって、会社には本を書くにあたって、コンサルタントへ渡す18個のルールの一覧、「執筆のオキテ」があった。

私が入社する前からあったようなので、誰が作ったのかはしらない。

ただ、内容を見るに、本多勝一の「日本語の作文技術」からの抜粋と思われる項目や、木下是雄の「理科系の作文技術」からのネタと思われる箇所もあり、多くの人が協力してつくり上げてきたものだったのだろう、と推測できる。

 

実際、「執筆のオキテ」は、非常に簡潔にまとまっている。

「理科系の作文技術」の冒頭に紹介されている「チャーチルのメモ」に近いイメージだ。

1940年,潰滅の危機に瀕した英国の宰相の座についたウィンストン・チャーチルは,政府各部局の長に次のようなメモを送った。

われわれの職務を遂行するには大量の書類を読まねばならぬ.その書類のほとんどすべてが長すぎる.時間が無駄だし,要点をみつけるのに手間がかかる.同僚諸兄とその部下の方々に,報告書をもっと短くするようにご配意ねがいたい.

(ⅰ)報告書は,要点をそれぞれ短い,歯切れのいいパラグラフにまとめて書け.

(ⅱ)複雑な要因の分析にもとづく報告や,統計にもとづく報告では,要因の分析や統計は付録とせよ.

(ⅲ)正式の報告書でなく見出しだけを並べたメモを用意し,必要に応じて口頭でおぎなったほうがいい場合が多い.

(ⅳ)次のような言い方はやめよう:「次の諸点を心に留めておくことも重要である」,「……を実行する可能性も考慮すべきである」.

この種のもってまわった言い廻しは埋草にすぎない.省くか,一語で言い切れ.思い切って,短い,パッと意味の通じる言い方を使え.くだけすぎた言い方でもかまわない.

私のいうように書いた報告書は,一見,官庁用語をならべ立てた文書とくらべて荒っぽいかもしれない.しかし,時間はうんと節約できるし,真の要点だけを簡潔に述べる訓練は考えを明確にするにも役立つ.

(理科系の作文技術 1.1チャーチルのメモ より)

「執筆のオキテ」が非常に良かったのは、こうしたルールが決まっていると、複数人で執筆する時のみならず、一人で執筆をするときにも、とても役に立つことだった。

曖昧だった文章の書き方について、それなりの定まった知見に触れることができたのだ。

 

執筆マニュアルの中身

執筆マニュアルは【準備編】と【文章編】の二つに分かれていた。

【準備編】

準備編には、大まかに2つの指針が書かれていた。

1.文章作成の以下の手順を必ず守る
①基本設計
②編集者レビュー
③編集者承認
④文章作成

当たり前なのだが、いきなり文章を書くことは、「最悪の行為です」と、絶対しないように言われた。

複数人で執筆をするので、章立てや構成の話もあるのだが、「執筆の意図をそろえる」という目的のほうが大きかった。

 

2.文章を書く前に、文章の基本設計を必ずする。

基本設計では以下の三つを必ず検討する
①文章で読者に伝えたいこと。(一つから三つまでがよい)
②伝えたいことを、どう伝えるかのストーリー。
③図をどう活用するのか。

一人が担当するボリュームは、おおむね1章~3章、1章当たり30ページ程度のだったため、章ごとに基本設計、すなわち「伝えたいこと」、「ストーリー」、「図の利用」を明確に規定する必要があった。

この基本設計は一種の「構成案づくり」と考えてよいだろう。構成案の中身が、基本設計の①~③という定義だ。

少しわかりにくいのは「執筆のオキテ」の②だ。「伝えたいことを、どう伝えるかのストーリー」を検討せよと言っている。

「ストーリーを検討せよ」と言われても、具体的にどのようなイメージ化分かりにくいかもしれない。

私が教わった、ここで言う「ストーリー検討」のアウトプットは、「章」の中の小見出しの記述だった。

つまり「基本設計」は
・その章で言いたいことを1~3つほど書き出す
・その章の小見出しをつくる
・図をどこに入れるのかを決定する
という3つの作業から成り立っていた。

 

【文章編】

文章編は、文章を作るときの細かいルールを規定したものだった。

1.『である』調で統一する。

谷崎潤一郎は「文章読本」の中で、文体を大きく4つに分けている。
・講義体(である調)
・兵語体(であります調)
・口上体(ですます調)
・会話体(人となりを想像させるように、様々に変化)

本を書く目的は「解説」だったため、執筆のオキテの中では「である調」が選択されていた。

 

2.一文は50字以内とする。

このルールは結構厳しいものだったと記憶しており、文章が長くなるようであれば、図示することで文章を短くするように言われた。(60文字)

「理科系の作文技術」でもこの50文字について少し触れられており、ここから持ってきたものかもしれない。

仕事の文書の文は,短く,短くと心がけて書くべきである. ある人は平均50字が目標だという.本書の1行は26字だから,ほぼ2行.私も短く,短くと心がけてはいるが,とてもその域には達していない.

とはいえ、冒頭のセンテンスですでに60文字なので、完全にこれを守るのは難しい。

「理科系~」の木下氏は「すらすらと文意が通じるように書けてさえいれば、長さにはこだわらなくていい」と述べているが、私も同感だ。

ただ、コンサルティング会社が出す本は小難しいものが多い中で、我々の作った本は図が極めて多く、文章が短くまとめられていたので、「わかりやすい」と、相当な差別化にはつながっていた。

 

3.事実と意見は区別する。

不可
○○は、従来よりもすぐれているので、わが社でも買うべきだ。(事実と意見を混同)


○○は、x機能がついている。だから、わが社でも買うべきだ(事実と意見は区別されている)

区別する、という言い方より「切り離す」という言い方のほうが適切かもしれないが、これも文章を短く区切ることで、ある程度回避できる。

 

4.主語・述語の対応に注意する。

主語と述語の対応、というと難しく聞こえるが、これを実践するときに重要だったのは、「できる限り主語を省略しない」だった。

例えば「みんなで話し合えば、良い考えが出ると思う」という文章は、意味は通っているが主語が省略されているため、誰の意見なのか誤解を招く可能性がある。よほど自明の場合を除き、主語は記述するほうが望ましい。

また、修飾語が長いと、書いている最中に、主語がいつの間にかすり替わってしまう現象も発生する。主語と述語は、執筆中は常に確認するようにしたい。

 

5.接続詞は多用しない。特に以下の接続詞

そして、それから、では、ところで、さらに

接続詞を多用してはならない理由は、文が長くなるからだ。特に、例示されている「順接」や「累加」の接続詞は、単に文章を分かりにくくするだけなので、使用を控えるように指示されている。

 

6.修飾語の使い方は以下の二つの原則を守る。

原則1:縁語接近の原則(縁のある語はお互いに接近させる)
×→きめこまかい化粧法の歴史についての言及
○→化粧法の歴史についてのきめこまかい言及

原則2:長遠短接の原則(長い修飾語句より、短い修飾語句を修飾される語の近くに置く)
×→この研究では、幅広い他分野の専門家の意見を取り入れた視点が必要である。
○→この研究では、他分野の専門家の意見を取り入れた幅広い視点が必要である。

修飾語の使い方に関しては、明らかに出典は本多勝一の「日本語の作文技術」なので、詳しく知りたい方はそちらを参照すると良いだろう。

わかりにくい文章の実例を検討してみると、最も目につくのは、修飾する言葉とされる言葉とのつながりが明白でない場合である。原因の第一は、両者が離れすぎていることによる。

(日本語の作文技術 第二章より)

このルールを適用した文章は、確かに読みやすくなるので、執筆以外のメールや報告書にもすぐに応用できる。

なお、第二の原則も「日本語の~」からの抜粋である。

余談ではあるが、上の2つ以外にも、修飾語の位置についての法則を本多勝一が紹介しているので、以下にまとめた。

・大状況から小状況へ、重大なものから重大でないものへ。
・親和度(なじみ)の強弱による配置転換

ただ、これらは表現としてわかりにくく、本多勝一本人も、重要なのは最初の二つだと言明しているので、マニュアルの中では、紹介されなかったのだろう。

 

7.「もの」、「こと」は使わない。(文章が明確になる)

個人的にはとても重要なルールの一つで、私も「こと」「もの」が文中に出現すると、何とかこれを削除できないかと試行錯誤する。

「やったことがある。」 → 「やった。」
「彼が言ったことは」 → 「彼が言ったのは」
「重要なことだ」 → 「重要だ」

と、ほとんどのケースで「こと」「もの」を使用しない言い方に変えられる。(変えることができる → 変えられる)

 

8.「など」はやたらに使わず、必要最小限にとどめる。

「など」を使うと、文章が長くなる上に、意味も曖昧になる。

例えば「一連の施策について、社員などが反発し~」と書かれた文章を読むと、必ず「社員『など』って誰だ?」という疑問が浮かぶだろう。

著者は「社員だけではない」状況を表現したいのだろうが、それを省略してしまってはダメだ。

「社員など」 → 「社員・アルバイト・外部協力者」と、明確に記述すれば、誤解を招きづらい。

なお、上の文章でも思わず、「社員・アルバイト・外部協力者」などと、書いてしまいそうになった。

 

9.「考えられる」、「思われる」を多用しない。(文章がスッキリする)

×→重要な課題だと考えられる。本音だと思われる。
○→重要な課題である。本音だろう。

考えられる → だろう。
思われる → だろう。

とすべて変換可能だ。

文章の中で「れる・られる」といった、受け身の形は、能動の形にすべて変換できるため、よほどの時でない限り、使わないようにする。

 

10.一文の中では、「の」は三回以上使わない。

「田舎の母の形見の時計の置き場所がわからなくて困った」

と、「の」を多用するだけで、簡単に文章を分かりにくくすることができる。

また「の」を多用すると、文章が稚拙に見えるため、「の」を3回以上使わないようにする。

 

11.「及び」、「並びに」、「または」、「もしくは」は使い方は以下を守る。

A及びB A,B、C及びD
A及びB並びにC及びD
AまたはB A,B、CまたはD
AもしくはBまたはCもしくはD

これは、英文の and、orと同じ使い方だ、といえば、ピンとくる方にはピンとくるかもしれない。

及び、並びに → and
または、もしくは → or

こうしたルールには、素直に従っておくべきだ。独自性を発揮しても、ロクなことはない。

 

12.送り仮名はできるだけ送るようにする。

・行う/行なう → 行う
・仕組み/仕組 → 仕組み
・取り組み/取組み/取組 → 取組み(動詞:取り組む)
・組み合わせ/組み合せ/組合せ → 組合せ
・当たって/当って/あたって → あたって

このあたりは、書籍を執筆するうえでかならず校正者から指摘が入ることをまとめたようなものだ。

表記ゆれをなくすためにも、一度確認しておきたい。

 

13.かなづかいは一応、以下のように統一するが、文脈の中で適当と思われない場合はこの限りではない。

・および/及び → および
・または/又は → または
・ひとつ/一つ → 一つ
・できる/出来る → できる
・ください/下さい → 下さい
・ごと/毎 → ごと

12.と同様に、全体で決めておかねばならない取り決めなので、確認してから執筆する。

 

14. よく使う表現

導入→取り組み

コンサルティング会社は「導入」という言葉を頻繁に用いるが、実は「導入」が一体何を示すのかは、あいまいなまま使われることが多かった。

そのため「導入」という言葉自体を禁止した。

 

15. 英数字は全角で統一する

例) CSR、JIS、BS、PDCA、Plan

英数字の半角と全角が混在していると著しく読みにくくなるため、出版社から必ず指摘が入る点だ。

多くの場合は「全角」で統一されるので、あらかじめ周知しておく。

 

16.カタカナは全角で統一する

カタカナが半角で混じると読みづらいため、全角に統一された。

 

17. (1)(2)(3)..abc…は半角で統一する

(1)(2)(3)…やabcは半角で表記する。

 

18. 「」『』は全角で統一する

「」や『』は全角を使用する。

 

まとめ

以上が、コンサルティング会社で、複数名で本を書くときに、実際に使われていた、「18のルール」だ。

こうしたルールがあることで複数人での執筆だけでなく、一人で書くときにも役立ち、曖昧な文章の書き方に一定の指針を与えてくれた。

ご参考となれば幸いである。