なぜ事業承継は失敗するのか?成功の秘訣を専門家が解説

事業承継の重要性

事業承継は、企業のバトンを次世代へ渡す大切な節目です。

しかし、スムーズに進まないケースも多く見られます。なぜ事業承継は失敗するのか、成功の秘訣を専門家が解説する本記事は、経営者の高齢化による世代交代が避けられない今、多くの企業にとって切実な課題となっています。経営者が長年培ってきたノウハウをどのように次のリーダーに引き継ぐかは、企業の将来を左右する重要なステージです。

事業承継には周到な準備が不可欠です。親族内で事業を引き継ぐ場合でも、後継者の経営スキルや組織マネジメント能力を育成し、現場の信頼を得るプロセスは容易ではありません。

さらに、M&Aを活用する事業承継では、買い手との交渉や契約内容の精査、クロージング後の組織統合(PMI)まで多くの手続きが発生します。こうした過程で生じる小さな不一致や情報不足が、大きなトラブルへ発展することもあります。

国の補助金制度や各種ガイドラインが示す支援策は、こうした課題の解決に役立ちます。たとえば事業承継・M&A補助金は、設備投資や専門家への支払い費用の一部を補助し、スムーズな承継を後押しします(参照*1)。

補助金情報や制度の詳細は毎年更新されるため、申請前には最新の公募要領や募集枠を確認することが重要です。中小企業庁や関連事務局のホームページでは、事業承継・M&A補助金の手続きや注意点が随時公開されています(参照*2)。

情報を十分に把握せずに進めると、資金不足や手続き不備で事業承継が停滞するリスクもあります。

本記事では、事業承継がなぜ失敗しやすいのかを紐解き、成功に導くための具体的なポイントを解説します。

 

事業承継に潜む失敗の原因とは

事業承継の失敗事例は多岐にわたりますが、主な原因として「情報共有の不足」「後継者選定の遅れ」「専門家活用の不足」が挙げられます。経営者が意思決定や重要な情報を周囲と十分に共有せず、経理や販売ルートなどの管理を一人で抱え込むと、引き継ぎ時に混乱が生じやすくなります。

後継者の確保が遅れると、引き継ぎ段階で適切な人材が見つからず、外部への売却でも有利な条件を得られないまま譲渡せざるを得ない場合があります。

また、契約上の不備や利益相反の問題も注意が必要です。特に第三者への事業承継(M&A)では、仲介業者やFA(ファイナンシャルアドバイザー)の手数料体系や業務範囲を曖昧にしたまま進めると、追加費用や意図しない取引条件が発生することがあります。

中小M&Aガイドラインでは、仲介者・FAの手数料や契約内容の明示、情報の慎重な取り扱いが求められています(参照*3)。

ガイドラインを守らない仲介者の関与は、譲渡企業に不利な条件をもたらすリスクが高まります。

さらに、主要取引先や顧客への説明不足によって信頼を損ねるケースも見られます。長年の取引を支えてきたキーパーソンが退職する際などは、一時的に売上や受注が減少することもあります。こうしたリスクに備えるため、経営トップだけでなく幹部や主要従業員、取引先との密なコミュニケーションが重要です。失敗の原因は複数の要素が絡み合うため、早めの対策が求められます。

 

資金面と経営者保証を巡る課題への対処

事業承継では、資金調達や経営者保証の問題が大きな課題となります。特に中小企業では、銀行借入時に代表者が個人保証を提供しているケースが一般的です。この保証が残ったままだと、後継者が経営を引き継ぐ際に大きな負担となる場合があります。そのため、金融機関や公的機関と交渉し、不要な保証の解除や条件の見直しを進めることが必要です。

金融庁は、金融機関によるM&A支援を促進し、事業承継時には経営者保証の解除や移行を積極的に検討するよう要請しています(参照*4)。

業績が安定している企業ほど保証解除の余地が生まれやすい一方、業績が不安定な場合は保証解除が難しいこともあります。また、後継者が外部出身の場合は実績が乏しいため、より慎重な審査が行われる傾向があります。

資金調達面では、国や自治体の補助金や助成金の活用も有効です。補助金制度を利用することで、設備投資や専門家費用の一部を軽減でき、後継者の資金負担を抑えることが可能です。

ただし、補助金は申請時期や対象条件が細かく定められているため、利用する際は最新情報を確認し、公募要領を正確に把握することが重要です。資金面の課題を解消することが、事業承継を円滑に進めるための基本的なステップとなります。

 

後継者が主体的に動くための合意形成と情報開示

事業承継のプロセスでは、後継者が経営トップとして意思決定を行う準備が求められます。先代経営者が全てを管理する体制のままでは、後継者が主体的に学ぶ機会が限られ、現場の協力も得にくくなります。

そのため、譲渡・譲受の各ステップで必要な情報をオープンにし、後継者が早い段階から経営計画を描くことが重要です。

たとえば事業譲渡の申込書や企業概要書を作成する際には、今後のビジネス目標や強みだけでなく、リスクや課題も正直に示すことが求められます。

譲渡価格の算定根拠を明確にすることは、後継者だけでなく、買い手が関与する場合にも安心感を与えます。秘密保持契約の締結や最終契約に至る基本合意事項のすり合わせも必須です。これらは書面で記録し、双方が誤解なく理解し合うことが望まれます(参照*5)。

また、後継者の経営能力を高めるために、社外セミナーや経営塾への参加、社内幹部や外部専門家とのミーティングを増やすなどの具体策も有効です。主要取引先や従業員への周知も適切なタイミングで行う必要があります。後継者が経営の中核を担う準備が整えば、会社の舵取りが円滑に進み、長期的な視点で経営戦略を立てることが可能になります。

 

第三者承継を選ぶ場合のポイントと公的支援

事業承継の方法として、親族や従業員への承継だけでなく、第三者への譲渡(M&A)を選択する企業も増えています。特に過疎化が進む地域では、同業他社が買い手となるケースが多く、地域経済を支える役割も期待されています。中小企業庁は中小M&A市場の健全な発展を目指し、「中小M&A市場改革プラン」などを策定し、トラブル防止と円滑な承継を推進しています(参照*6)。

第三者承継では、企業価値を客観的に判断し、買い手と売り手双方が納得できる形で進めることが重要です。そのためには、専門家による財務・法務のデューデリジェンスが不可欠です。特に経営者保証が残る取引には注意が必要で、金融機関の見解や必要融資額を確認し、無理のない計画で契約を結ぶことが求められます。

また、公的支援の一つである事業承継・M&A補助金制度では、PMI(契約後の事業統合)にかかる費用や専門家報酬を支援する枠も設けられています。申請時は対象要件や補助率、必要書類を丁寧に確認し、期限内に手続きを進めることが大切です。こうした手続きを適切に行うことで、後継者不在の企業でも第三者承継を成功させる可能性が高まります。

 

事前準備と売り手・買い手の要件整理

事業承継を円滑に進めるには、売り手企業と買い手企業の双方に要件があります。特に後継者が60歳を超えている場合や、親族内に適切な継承者がいない場合は、第三者への売却時のリスクや手続きが複雑になります。こうした状況を踏まえ、自治体では事業承継の相談窓口や専門コーディネーターを配置し、事前に引き継ぎの可能性を探ることが推奨されています。

「事業承継の売り手・買い手要件」では、代表者の年齢や所在地、資金力、税金の滞納状況など、基本的な項目を満たすことが前提です(参照*7)。

また、地域経済を支える観点から、移住者が買い手となる場合は一定期間地域内に居住する意志が求められることもあります。これは地域の雇用を守り、経済を活性化させるために重要な視点です。

さらに、文化資源を扱う企業など地域独自の価値を担う事業では、後継者の意欲や専門知識が不十分だと事業が衰退するリスクもあります。自治体や地域の産業支援機関は、後継者の発掘やスキル習得を支援する仕組みを整え、伝統工芸や観光関連事業が継続できるよう取り組みを進めています。多面的なサポートを得るためにも、売り手・買い手が早めに条件を整理し、どのような形で事業が発展できるかを具体的に考えることが大切です。

 

まとめと今後の展望

事業承継は企業にとって大きな転換点であり、ここをどう乗り切るかで今後の成長が大きく変わります。失敗しやすいポイントとして、情報共有の不足、後継者育成の遅れ、資金面や経営者保証の課題などが挙げられます。一方、補助金やガイドライン、公的支援を活用し、専門家の意見を取り入れることで、成功への道筋を描くことが可能です。

事業承継のプロセスには、先代経営者と後継者だけでなく、従業員や取引先、地域社会など多くの関係者との話し合いが欠かせません。

後継者が主体的に経営を担えるようになれば、企業は新たな活力を得て、中長期的な視点で経営戦略を立てることができます。特に第三者承継を選択した場合でも、事前準備をしっかり行えば納得度の高い取引条件が結ばれ、その後のPMIも円滑に進められます。

今後、日本の中小企業は少子高齢化や都市部への人口集中といった社会的変化に直面します。それでも事業承継を成功させるには、企業規模や業種を問わず、各段階で必要な対応を明確にし、最善の手立てを講じることが重要です。こうした流れを踏まえて事業承継を計画し、必要な支援を得て進めることで、企業の強みを次世代へつなぐ道が開けます。

 

監修者

倉増 京平(くらまし きょうへい)

ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事

顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。

コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。

 

出典