移住促進を狙う自治体プロモーションの現在
国内各地で人口減少や若者の都市圏流出が続く中、自治体は移住促進と魅力発信に向けたプロモーションを積極的に始めています。地域の存在感を内外に示すだけでなく、その土地に暮らす価値を住民とともに見つめ直す機会にもなり得るため、多くの担当者がマーケティング手法に関心を寄せています。
AIをはじめとしたテクノロジーの進化が進んだ現代では、広告費を効率的に活用しながら、SNSや動画などの媒介を組み合わせて多面的に情報を届ける工夫が求められます。交流人口を増やす施策や移住支援への注目度が高まるにつれ、自治体の取り組み姿勢が地域ブランドの認知度を左右するという認識も広がっています。
中長期的な展望のもとで住み替えを検討する人も少なくありません。自治体からの情報だけでは判断がつきにくい場合も多いため、地域のリアルな声や体験談をつなげる場づくりが重要です。
実際のくらしや仕事への疑問を解消するために、オンライン説明会やSNS上でのやり取りなど、住民と行政が協力して分かりやすい場を設ける動きが見られています。マーケティング担当者にとっては、こうした現場の声をうまく拾い上げることで、潜在的な移住意欲を引き出すことができるかもしれません。
三重県は、令和7年度に移住促進プロモーション企画の運営業務を約2700万円の委託金で実施する準備を進めています。公募型プロポーザル方式で事業者を選定し、契約期間は令和8年3月20日までとされています。
3月14日に公告を打ち出し、4月28日に選定結果を決定するスケジュールも周知されています(参考*1)。このような具体的な委託業務によって、三重県が移住先として検討される機会を増やし、効果的な地域の魅力発信を目指す方針がうかがえます。
デジタル強化とサイトリニューアルで広がる可能性
自治体のプロモーションでは、デジタル施策を活用したブランディングが関心を集めています。移住促進に力を入れる担当者の中には、既存サイトの情報量とユーザー体験を高めることが急務だと感じる方が多くいます。
アクセス数の向上や検索での上位表示を狙うためには、SEOだけでなく、実際の地域活動に立脚した具体性のあるコンテンツが欠かせません。情報の蓄積がどれだけ充実していても、閲覧者に見つけてもらえないと十分な効果を得にくいからです。
デジタル上の拠点としてサイトを整備しながら、地域の催しや移住イベントを分かりやすく告知する手段が求められます。写真や動画の質を向上させると同時に、文章の魅力を磨いて訪問者をひきつける試みが進んでいます。自治体担当者も、生成AIを使ったコンテンツ制作やSNS運用の効率化を検討しています。
ローカルニュースをこまめに発信したり、移住計画の具体例を紹介したりすることで、閲覧する人がその地域の生活を想像しやすくなります。
長野県の信濃町は、移住促進や地域ブランド強化を見据えて、市町村のアイデンティティを体現するWebサイトをリニューアルする方針を持っています。
町の魅力をまとめた「ありえない、いなかまち。」の再構築では、360万円の制作費と70万円のシステム保守費用を想定しており、令和8年3月末までの契約期間で新たなプロモーションを展開する予定です(参考*2)。デジタル強化によって興味を持つ人に情報を届け、町内で暮らす姿をよりリアルに描いてもらう取り組みが進行しています。オンライン上での印象形成を通じて、外部からの関心を得ていく意図が表れています。
メタバース活用が提案する新たな地域交流のかたち
地域の魅力を発信しつつ、移住相談やコミュニケーションの手段を多様化する試みとして、3D仮想空間の活用にも注目が集まっています。遠くに暮らす人が仮想空間を通して現地を体感できると、移住支援の可能性が広がるという期待があります。
メタバースならではの対話のしやすさや、自宅からアクセス可能な利便性が合わさることで、自治体側にとって新規層を呼び込むきっかけにもなります。
株式会社m-Labは、ブラウザ上で動くメタバース空間を通じてオンライン展示会や移住促進イベントを企画しています。地域住民と移住希望者がアバターで会話する場を設計し、身元を明かさない分、気軽なやり取りができるといったメリットを提供しています。
福井県越前市では公園を仮想空間で再現し、地元の雰囲気を遠方から少しでも感じられるように工夫しています。最大1000人が同時に参加して交流できる技術によって、都市圏と地方を結ぶ距離が縮まります(参考*3)。
AIを活用した問い合わせ対応や自動翻訳機能などを組み合わせれば、海外からの移住希望者にもアプローチが可能です。実際に山形県庄内町ではメタバース内で婚活イベントが開催され、新たな人口流入の糸口として成果を得ています。仮想空間と地方創生の組み合わせがもたらす効果に関心が集まっており、イベント運営やコミュニケーションの在り方に新風を吹き込んでいます。
住民同士がつながる場所づくりの意義
移住情報を広く発信するだけでは、深い理解や愛着を抱いてもらうには足りない場合があります。移住相談会で感じた疑問を住民に確認したり、暮らしの実感を共有したりする場面は大事です。さらに、地域に住む人同士が率直に意見を交わす機会も大切になってきます。
昭和期に駅にあった伝言板のように、自治体職員と住民、高齢者と若者、あるいは新規参入者と地域住民が互いの声を届け合う場を用意すると、交流が活発になりやすいです。表向きの宣伝文句ではなく、そこに暮らす人々それぞれの生の声が集まり、居場所づくりにも役立ちます。意見交換が活発になると、より多面的なアピールやコンテンツ制作がしやすくなり、自治体の魅力を内側から深めることにつながっていきます。
事務的な周知にとどまらず、人々の思いを投稿できる掲示板を設置している事例も見られます。地域の素朴な声や暮らしの楽しさが書き込まれたメッセージが集まることで、コミュニケーションが連鎖的に広がります(参考*4)。文字のやりとりを通じて新しい発想や気づきが生まれるため、結果的に移住者や訪問者の注目度向上にも寄与します。
住環境の整備と人材育成を両立する動き
広報活動の充実だけでなく、住まいと仕事をどのように結びつけて魅力的な選択肢とするかも移住促進の要です。物件探しをしている方に適切に情報を届けるには、自治体や地域団体が空き家を有効に活用し、改修費用などを視野に入れた支援を用意しておくことが有効です。引越し費用の補助や、古民家を活かした地域交流スペースといった提案は、移住を後押しする力になりやすいです。
兵庫県豊岡市では、「飛んでるローカル豊岡」のブランドを掲げ、移住検討者に分かりやすいポータルサイトを配置し、月間アクセス数5万PVを達成しています。地域おこし協力隊への支援やSNSでの情報発信も積極的に行い、交流のきっかけを作成しやすくしています。任期終了後の起業や就業に向けたサポートもしっかりと整備され、若い世代が地域に根を下ろしやすくしています。行政内部の連携や住民との対話で、暮らしやすさの向上を図っている点が注目されています(参考*5)。
就業や子育て環境、地域行事への参加など、暮らし全般のサポートが充実しているかどうかは移住希望者にとって大きな関心事です。都市部と同じような利便性は得にくくても、それを上回る魅力やサポート体制を見せれば、移住相談・移住体験を経て本格的に地域に腰を落ち着ける人を呼び寄せやすくなります。AI活用による求人情報のマッチングの効率化も検討され始めており、働き方の選択肢が多いエリアが増えるかもしれません。
移住者の定義と今後の見通し
移住促進事業を展開するうえで、自治体によっては移住者の定義があいまいになりがちです。
支援制度をどの範囲の人に適用するのか、地域住民との協力関係をどう築くのかは、定義の有無で変わる場合があります。何年以内に他地域から転入した人かといった基準や、仕事・学業などの目的を問うかどうかが曖昧だと、支援の公正さや効果測定に影響が及ぶでしょう。
調査では、独自に移住者の定義を持つ自治体が13.2%にとどまる一方、誰が対象かを明確にした場合に支援策の評価が高められるとされています。地域の目標や課題に合わせて定義を設定し、移住相談や移住イベントの段階から説明しておくと、情報提供がしやすくなるでしょう。支援内容の線引きをはっきりさせることで、関係者のモチベーションや移住希望者の納得感を高める効果が見込まれます(参考*6)。
このように移住を検討する人々の多様化が進む中で、自治体はマーケティング思考を取り込みながらプロモーションを進める必要があります。メタバースや生成AIなどの新技術を柔軟に活用することで、移住相談や地域交流をより発展的に展開できる可能性があります。ブランド認知度を高めて関心を寄せてもらう工程から、住環境や就労分野のサポート体制まで、一連のコミュニケーションを多角的に整える取り組みが問われています。
監修者
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
出典
- (*1) 三重県|令和7年度移住促進プロモーション企画運営業務委託 公募型プロポーザルを実施します
- (*2) 信濃町 – 「ありえない、いなかまち。」シティプロモーションサイトリニューアル業務公募型プロポーザルの実施について
- (*3) 移住定住・婚活支援・ふるさと納税自治体向けメタバース活用の新潮流(事業者インタビュー)|まちの掲示板|一般社団法人 自治体DX推進協議会
- (*4) まちの掲示板|一般社団法人 自治体DX推進協議会|地方自治体DX支援
- (*5) デジタルと人的支援が融合した移住促進豊岡市のUIターン促進と関係人口拡大の新戦略(自治体インタビュー)|まちの掲示板|一般社団法人 自治体DX推進協議会
- (*6) 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター – OPINION PAPER_No.34(24-001)「移住者」って誰?47.9%の自治体で定義がない実態と、独自に移住者を定義すべきワケ