このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。
文章を「うまく書く」技術については、よく紹介されているけれども、「早く書く」技術については、あまり紹介されないようです。
早く書く技術は、一段下に見られている
例えば、「文章術」のベストセラーをダイジェストにした下の書籍。
100冊から抽出したノウハウを、40個の「書き方」にまとめているのですが、「分かりやすく」「伝わる」というところに重点が置かれていて、「早く書く」ことの扱いは劣後しています。
また、言わずと知れた、文章術の代表作品である本田勝一の「日本語の作文技術」においても、「早く書く」ことには、言及されていません。
全世界の累計で1000万部の記録を達成した「嫌われる勇気」のライターである、古賀史健氏の著作「取材・執筆・推敲」においても、文章の質を高める技術は山ほど書かれていますが、「早く書くこと」については、あまり触れられていません。
ただ、この本では最後に、「書くスピード」について藤子不二雄の話が紹介されています。
「まんがを描くスピードには、大きな個人差がある!」「1ページ平均1時間で描く人もいれば、1ページに何時間もかかる人もいる」「しかし、総体的にいって、速い人は先天的に速い!」「もちろん、絵の密度によってもスピードはちがう」「手塚先生や、石森章太郎の絵は、密度も濃いのに速いのだ!」「その差は、どこでつくのだろう!?」「結局、速い、遅い、の差は、線を引く時の自信の差なのだ!」「自信と集中力を持って引く線は、速くて、きれいなのである!」「迷って引く線と、自信を持って引く線のちがいが、スピードの差となって表われるのだ!」
取材・執筆・推敲 古賀史健 ダイヤモンド社
しかしこれを読むと、書くスピードについては、「先天的」「自信の差」と考えているようです。技術の話ではない。
こう考えていくと、少なくとも日本においては「早く書く技術」は、「質を高くする技術」に比べて、一段低い扱いを受けているような印象を受けます。
一体なぜだろう、と考えたところ、どうやらこれは、「小説家たち」の影響を受けているのではないかと予想しました。
実際、川端康成も、谷崎潤一郎も、そして三島由紀夫も「文章読本」を書いていますが、そこには「品格」や「技巧」など「質を上げる」ことには触れられていても、書く「スピードを上げる」ことについての話は見当たりません。
要するに、「時間をかけてもいいから、質の高い文章を書きなさい」というのが、文章の大家たちの基本的な考え方だと言えます。
文豪たちの〆切に悩む姿を描き、そして「〆切を守る人は少ない」とわかる〆切本をみても、それはよくわかります。
この中では、遠藤周作が北杜夫に向かって、
「たとえ書けていようとも、いつまでもできずにいるふりをして、編集部をハラハラさせる。すると大作家として処遇されるのだ」
という話があるくらいです。
しかしビジネスではスピードが問われる
しかし、文豪たちは許されても、一介のライターや、ビジネスパーソンが「書くのが遅い」のは、致命的です。
膨大なメールやメッセージを的確に処理し、返信を書かねばなりませんし、
当たり前ですが、〆切に遅れれば、次から仕事は来ません。
実際、ビジネスの世界では「質」を多少犠牲にしてでも「スピード」を重視することは、特に珍しくありません。
したがって、少なくとも文章の「質」を語るのであれば、文章を作成する「スピード」の話も、あってしかるべきでしょう。
では「書くスピード」に関する文献はあるのでしょうか。
近年、商業出版されているものを調べた限りでは、「書く速さ」について特化したものは、下の一冊のみでした。
書く上で生じる「ムダ」を徹底的に削ぎ落とし、とにかく「速く書き終える」ためのスキルと考え方をお伝えします。
超スピード文章術 上阪徹 ダイヤモンド社
そして、この書籍の主張は非常に明確です。すなわち
「早く書くためには素材を多くそろえてベースにし、それに沿って書くだけ」
です。
文章を書くことが決まった瞬間から、常にアンテナを立てている。そしてどんどん素材を集める。そうすれば、書く前に、書く内容が準備されている状態になる。だから書くことに困らず、速く書けるのです。(中略)では、文章の素材とは、どんなものか。素材とは3つ。❶「独自の事実」❷「エピソード」❸「数字」です。つまり、読み手に「これを伝えたい」と思う内容そのものを指すのです。
超スピード文章術 上阪徹 ダイヤモンド社
著者の上阪氏によれば、新聞はその好事例で、記事のほとんどが「素材」をつなげただけだというのです。
超スピード文章術 上阪徹 ダイヤモンド社
上の記事は新聞記者の集めた素材、すなわち取材で内容の9割が占められています。
何もないところから文章をひねり出すのは多大な努力が必要ですが、素材があれば、その論理構成さえ考えてしまえば書くことができる、これが「早く書く」の本質です。
なお、前回も紹介しましたが、これと全く同じ話が、田中泰延氏の「読みたいことを、書けばいい」に書かれています。
ビジネスパーソンが書く文書は企画、提案、報告、連絡など様々ですが、究極的には「書けない」と感じるときには、その文章を書くにあたっての材料が足りないことが殆どだ、と言ってよいでしょう。
「早く書けない」=「調査が足りない」
つまり「早く書けない」=「調査が足りない」と言えます。さらに突っ込めば「良い素材を集めること」が、早く書くことの奥義です。
実際私も、記事を書くときには、文献を調査し、それらにあたることから始めます。
文献をあたれば、先人たちが確立した方法論を入手でき、その世界で一般的だとされていることはある程度、把握できるからです。
そのうえで「現場」の人から実際のデータを入手したり、話を聴いたり、あるいは自分で体験したことを、記録から掘り出します。
そうすれば、自分の考えや経験に独自性を持たせることができる。これは、学術研究の手法と全く同じです。
なお、今回参考としたのは、上で紹介した「超スピード文章術」に加えて、
・いわゆる「コンサルタント」や「広告代理店」が行うリサーチとは違い、 文章を書くための素材を集めるための調査
・「書く」アウトプットを目的としたもの
という条件を満たした文献を利用しています。
どのように調べるか
では、どのように調べ、素材を集めれればよいのでしょう。
1.素材は、多く集めて、後で削る
「超スピード文章術」で推奨されている方法として、「多く集めて、後で削る」があります。
これは文章を書く時と同じですが、基本的には「ひとまずすべてを棚卸して、後から不要な部分を削っていく」というやり方は理にかなっています。
というのも人間はマルチタスクが苦手だからです。
作業は何かに特化したほうが、脳を効率よく使えるため、「素材を集める」という作業と、「素材を精査する」という作業を同時にやってしまうと、往々にして、どちらも中途半端になります。
なお、前回のマガジンでも紹介した著作「解像度を上げる」においては、文献をあたることの必要性について述べられており、大別して9つの方法で「素材」を集めることを推奨しています。
1.事例を(100以上)集める
2.書籍を棚の端から端まで買う
3.インターネットの検索結果を(最低100件)あたる
4.論文を読む
5.管轄官庁のレポートや白書を検索する
6.シンクタンクやコンサルティングファームが出している資料をあたる
7.動画や講演で最新情報をあたる
8.(最低50人以上)インタビューを行い、事実を集める
9.現場を観察する
時間のかけどころは、実は「書く」ではなく、「調べる」なのだと、よくわかる一冊です。
また、ノンフィクションライターで拓殖大学国際学部教授の野村進は、
1.Google
2.新聞
3.週刊誌・月刊誌
4.単行本
5.映像記録と録音記録
の5つを挙げています。2008年の文献なので、ネットや新聞などの記述に関しては古いですが、以下に紹介する「単行本の読み方」や、ノンフィクションライターらしい「取材の技法」については良い知見があると思います。
【単行本の読み方】
①インタビュー集や対談集を手始めに読む。
②入門書から出発し、徐々にレベルを上げていく。
③対象となる人物や出来事をさまざまな角度から論じている複数の本を読む。
④精読すべき本、通読する本、拾い読みでかまわない本を選別する。
⑤資料としての本は乱暴に扱う(ちぎってメモにしたりしてよい)。
【取材の技法】
①取材対象の選び方
②取材依頼の作法
③取材を断られた時
④質問項目
⑤遠慮は禁物
⑥取材道具
⑦取材当日
⑧電話取材、メール取材
取材についての話に興味があれば、一度この文献に目を通しておいても良いでしょう。
なお、私のような本業ライターではない人間が記事を書く際には「取材」という形よりは、「今までの経験」という形で記述をするケースが多いと思いますが、それについては、次項の「メモを付ける」ことが肝心となってきます。
2.素材には「メモ」を付ける
「書く」前の準備について触れている文献の主張に共通しているのは、「素材」は、集めるだけではなく、メモを付けておくことです。
大事なことは、その浮かんだ素材を、漏らさず確実にキャッチすることです。単純に、ひらめきをメモするのです。すべて残らず、必ずメモしてください。あとから思い出すことはできないと思ってください。自分の記憶力は、絶対に信用してはいけません。
超スピード文章術 上阪徹 ダイヤモンド社
重要なのは、内容が不完全に感じたとしても、とりあえずメモを残すことです。メモがあることで外部に記憶や思考をゆだねられるので、新しいことを考えられます。数日後に読み返すと、すっかり忘れていたり、「昔の自分はなかなか良いことを言っている」と驚いたりすることもあるものです。
解像度を上げる 馬田隆明 英治出版
先述した野村進は、「日々の体験が取材であり、それを日記に記す」ことが取材そのものであり、それが作品の表現に即つながる、と述べています。
私個人としても、「メモ書き」は、非常に重視しています。というのも、本業の仕事では大変多くの人に会いますが、その方々と何を話したか、目もなしに思い出すことはほとんど不可能だからです。
例えば、以下は「売れる」という事について記事を書いたときのメモの一つですが、キャッチ+メモ書き という構成になっています。
メモを記しておくのは少し面倒ですが、メモがすぐに役立たなくても、メモをパラパラと見返すうちに、何かしらの記事のアイデアが浮かんでくることも多いのです。
なお、私は「素材」メモ書きをつけるために、Evernoteを使っていますが、ツールは正直、紙のメモ帳でも、notionでも、Googleドキュメントでも、何でも良いと思います。
ただ、私が重視しているのは「検索性」です。
後で、特定のキーワードに関連するメモを探したくなった時、きちんと探せるかどうかが重要です。
そういう意味で、「紙」は管理のハードルが若干上がります。
野村進は切り抜きや紙媒体の管理をするために以下のような「山根式袋ファイル」を推奨していますが、紙ならば、こういう技法がないとつらいと思います。
調べる技術 書く技術 野村進 講談社現代新書
私はここまではできないので、デジタルのほうが合っていると感じました。
3.調べながら「構成案」をつくる
さて、ある程度の「素材」が集まってきたら、同時に、書こうとしている文章の構成案を作っていきます。
上阪徹氏は、この作業を「見える化する」と述べています。
書く前に、最初にやることは、集めた素材をすべて「見える化」することです。素材を、頭の中にぼんやり置いたまま書き始めるのは厳禁です。必ず、目に見える形にして、いったんすべて書き出します。私の場合、スマホに書き出した素材を、同期したパソコン上で見て、順番を入れ替えながら書き進める準備をしていきます。そして、それをプリント出力し、手元に置いて、それを見ながら書いていきます。
超スピード文章術 上阪徹 ダイヤモンド社
この作業には2つの意味があります。
一つは、それまで集めた素材を読み返し、あらためてアイデアを練ること。
そしてもう一つは、構成案をつくってみることで、「足りない材料」を認識することです。
なお、この時の注意点は構成案を章ごとに「箇条書き」ではなく、「要約文」で作ることです。
私は記事の企画を作る時に、よく顧客に構成案を提出しますが、その際に提出するのは箇条書きでまとめられたものではなく、章立ての要約形式のものです。
例えば下は私がサイボウズ社の依頼で書いた、ハイブリッドワークに関する記事です。全文はこちらにあります。
そして以下が、この記事を先方に構成案として提出した時のものです。
記事の完成形にかなり近い形で文章として構成案を書いてしまっていることに気づくと思います。
その理由は「解像度を上げる」にもありますが、文章として書いてみると、粗に気づきやすいからです。
最初の書き出しは箇条書きでも構いません。ただし、より詳細に課題を検討するときには、文章として長文で書くことをお勧めします。箇条書きを使うと、論理の飛躍や矛盾などに気づきづらいからです。同様に、詳細を詰めていくときには、スライド形式で書くことはお勧めしません。スライドは箇条書きを用いてしまいやすく、文章も簡素になってしまうことが多いためです。箇条書きやスライドは、アイデアの発散や要点を人に伝えるときには便利ですが、考えを収束させていくときには不向きです。考えを深めるときにはワードのようなテキストエディタを使って、前後の文章のつながりを意識しながら、レポートのような長文を書くようにしてください。
解像度を上げる 馬田隆明 英治出版
特に「足りない素材」をあぶりだすときに、安易に箇条書きを使ってしまうと、箇条書きでは一見筋が通っているように見えるように見えてしまい、足りない素材を特定できません。
上阪徹氏はこれを「しゃべるように書く」と言います。
人に説明するときに、箇条書きのように細切れに説明する方はあまりいないですよね。
「しゃべるように書く」ということは、「話し言葉で書く」ということではありません。「誰かと話しているとき、どうやって意思疎通がなされているか?」ということが、スラスラ読める文章を書くときのヒントになります。
超スピード文章術 上阪徹 ダイヤモンド社
「会話」では、中にたとえ話や、読者への確認などを入れながら進めていくわけですから、文章にもそれが必要です。
しかし、箇条書きはそういった一見「無駄なこと」が省かれれしまいますから、実は「ここはたとえ話の素材が必要だった」といたことに気づかないのです。
また、ノンフィクションライターの野村進氏は「あらすじ」を作らない代わりに以下のような、素材の関連を示す「チャートを作る」と述べています。
調べる技術 書く技術 野村進 講談社現代新書
確かにこのチャートの形式であれば、素材同士の論理的な関係が示されていますので、単なる箇条書きに比べると、段違いに情報量が多いでしょう。
私がデロイトのコンサルタントをやっていたころは、このような関連チャートを作り、それをもとにスライドを作る凄腕のコンサルタントが数多くいました。
ただしこの「チャートを作る」のは、ある程度、構成を作るのに慣れた上級者の手法なので、初心者の段階では安易にまねをしないほうが良いと思います。
4.書き出す
書き出しに悩む方が多いと聞きますが、素材さえそろっていれば、私はあまり書き出しに悩みません。
というのも、書き出しは「一番面白い素材(事実)をもってくる」という原則があるからです。
このマガジンでも、そもそも記事の起こりが「スピード文章術は軽視されている」という事実であったため、そのまま記述をしています。
上阪徹氏は、「まずは共感してもらう素材を持ってくる」と述べています。
「私は」といった凡庸な書き出しから絶対に始めない。「ん?」と思える意外な話から始める。あるいは、読者に「そうだよね」とまずは共感してもらう素材を持ってくる。びっくりするような衝撃的な事実から入っていく。作家も、先ほどと同じ理由で、「書き出し」にこだわりを持っている人が多いため、学ぶところが多いはずです。
超スピード文章術 上阪徹 ダイヤモンド社
ですから、ここにおいても「書けない」というのは、すなわち「アッと驚く素材がない」という事にほかなりません。
また、素材に従って書き進めていきますが、最初の段階では「論理的」に書く必要は全くなく、素材に肉付けしていくだけでほぼ記事の体裁としては完成します。
こちらも素材集めと同じく、「とりあえず書いて、後で推敲する」ほうが、圧倒的に早く記事が仕上がります。
完成形を読んで、こまごまとした表現を直していくと、結果的に章全体を移動させたり、書いていた素材を削ったり、という事が発生しますが、第一稿を書くときにそんなことをやっていたら、いつまでたっても全体像が見えてきません。それよりも全体の見通しをよくするために、一気に書ききってしまったほうがはるかにスピードが上がります。
もちろん、いろいろな考え方がありますが、「スピード文章」の上阪徹氏は、私と全く同様の考え方で書いているようです。
最初から完璧な文章を書こうとすると、「この表現はもっと適切なものがありそう」「この素材はやっぱりこっちに置いたほうがよさそうだ」などと、書きながら何度も止まることになります。この「迷い」が、書くスピードをガクンと落とすのです。もちろん、最終的には完璧な原稿に仕上げるわけですが、最初からそれを目指さない。推敲して整えることを前提に、まずは書ききる。私は、これを「粗々で書く」と表現しています。
5.やっと「文章術」の出番がやってくる
こうして、第一稿のたたき台が仕上がって、ようやく、いわゆる「文章術」の出番がやってきます。
「文章術」は、この段階になって、細かいところを修正し、わかりやすく表現を直し、読者に響くように作り変えるためのものです。
巷で言われる、「分かりやすい文章を書くためのスキル」、例えば一文を短く、だとか、最初に結論を、だとかは、この推敲の段階で初めて役に立つもので、最初に粗粗の原稿が出てくるまでは、ほとんど気にする必要のないものです。
終わりに
上でも触れましたが、「スピード文章術」は、実は、質の高い文章を作る「文章術」とは別の話で、「第一稿」を作るためのものと考えたほうが良いでしょう。
ですからこれは、文章を書く、すべての人が押さえておくべき事項で、文豪たちの「文章術」のほうが、オマケと言っても良いくらいです。
なお、この考え方を応用すると、「書けない」状態である、スランプは、自分の中にある手持ちの素材を使ってもらった状態である、と定義できます。
スランプのときは、無理に書こうとせず、様々な本を読んだり、体験をしたり、とにかく素材となるようなインプットに時間を使うと良い、と言われるのは、このためです。
健闘を祈ります。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
◯X:安達裕哉
◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(webライターとメディア運営者の実践的教科書)