このコンテンツは有料note「webライターとメディア運営者の、実践的教科書(安達裕哉著)」より転載しています。
文豪トルストイの「アンナ・カレーニナ」の書き出しはこうだ。
「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある。」
世界一有名な書き出しに倣うとすれば、記事についても似たようなことが言えるかもしれない。
すなわち、
「ものすごくつまらない記事はどれも同じように見えるが、面白い記事にはそれぞれの面白さの形がある。」と。
幸せな家族の話はバリエーションが乏しく、大して面白くない。
新聞やSNSで「幸せな話」より「不幸な話」のほうが圧倒的に多いのは、それにバリエーションがあり、面白いという理由があるのだ。
「面白い記事」同士は似ていないが、「つまらない記事」はどれもよく似ている。
この事実は、重要な示唆を含む。
つまり、世の中には「文章を面白くするには、どうしたらよいか」と悩む人も多いが、「面白さ」は、それぞれなので、「これについて書けば面白い」という法則が存在しないと言えるのだ。
実は、このことは600年も前にすでに明らかにされている。
歴史の教科書にすら出てくる、「猿楽(能)」を芸術の域に高めた世阿弥(ぜあみ)は、能の秘伝書「風姿花伝」を著した。
その中で世阿弥は、
「花がある」
「花々しい」
などの言葉から想像できるように、能を見たときの感動を「花」という言葉を使って表現している。
この口伝において能の花の何たるかを知るということについて。まず例えば、花が咲くのを見たときの感動をもって、能の美的感動を「花」とたとえるに至った理由を理解せねばならぬ。(風姿花伝・三道 世阿弥 角川ソフィア文庫)
そしてここからが重要なのだが、世阿弥は、「花」と「面白さ」そして「珍しさ」が同じであると言っている。
いったい、花と言った場合、あらゆる草木において、四季の時々で咲くものであるから、ちょうどその季節にあたって新鮮な感動を呼ぶので、賞翫するのである。申楽の場合でも、観客が心の中で新鮮な魅力を感じることが、そのまま面白いということなのである。「花」と「面白さ」と「めずらしさ」と、この三つは同じことなのである。
世阿弥ほど、コンテンツの本質を鋭く言語化した人物は居ないだろう。
そして世阿弥の主張から、なぜ「面白い文章」がそれぞれなのかがわかる。
それは要するに、「面白さ」=「めずらしさ」だからだ。
読者を惹きつけてやまないコンテンツは、要するに「新しい」「珍しい」「驚かされる」から、花があるとみなされるのである。
だから「面白いコンテンツはどう作ればいいですか?」
に対しての回答は、世阿弥の主張以上の話はない。
定型はない、むしろ定型はおもしろくないので、新しいものを目指しなさい、ということになる。
つまりライターに求められるのは「人と違うことを書く」ことであり、皆が興味のある(マーケットの大きい)領域で「珍しい」ことを書けば、人気記事を書ける。
なお、個人的には、この「風姿花伝」は、最古のコンテンツ分析に関する書籍であり、現在でも十分、コンテンツメーカーには役に立つ内容を含んでいる。
「ライター」を志すのであれば、ぜひ読んでおくべきだ。
*
その反面、「つまらない記事」は皆似ている。
定型的な構成、同じようなテーマ、使い古された議論、どこかで見た主張。退屈な結論……。
読者が「花」がないなあ……と、認識する所以は、そこにある。
具体的には以下だ。
1.「辞書」は有用だが、「花」はない。
辞書とは、言葉などの意味、用例を解説した書物だ。
役に立つし、物書きの仕事は頻繁にこれを使う。
webは巨大な百科事典のようなもので、SEO対策を施すという意味で、辞書的なコンテンツを発行するときもある。
また、辞書的なコンテンツは役に立つので必要だという方もいるだろう。
だが、記事としてそれは「花」はない。すなわちファンを生み出すことはない、という認識はしておく必要がある。
「有用さ」と「面白さ」は、別物なのだ。
2.「カタログ・チラシ」はわかりやすいが、「花」はない。
カタログとは、目録、営業案内のことだ。要するに「紹介したいものを並べた文書」をカタログという。
アマゾンのページを想像すればわかるだろう。商品の名前、スペック、用途、価格などが、わかりやすく羅列されている。
だがもちろん「花」はない。だからファンを生み出すこともない。
Amazonを見て、「いやーこの商品案内はすごい!この会社のファンになる!」なんて人は居ないのだ。
これに真っ向から挑戦しているのが、ラグジュアリーアウトドアブランドであるパタゴニアだ。
パタゴニアのカタログは、実は「商品紹介」がほとんどない。
パタゴニアは、「単なる商品紹介はファンを生み出さない」ことをよく知っている。
3.「参考書」は学問に必要だが、「花」はない。
私が高校のころ、「参考書」が大好きで、いつも参考書を持ち歩いて、繰り返し熟読している、という変な同級生が居た。
勉強のためだと思ったら、どうやら違うようで、彼は「趣味で読んでる」という。
そこで「参考書なんて面白いの?」と聞くと、彼は「めちゃくちゃ面白いよ」と答えた。
当然、「なんでおもしろいの?」と聞く。
すると「人類の数千年に渡る知恵がつまっている。面白くないわけがない」という。
もちろん彼は例外中の例外だ。
彼は「知識のための知識」が好きなので、参考書がぴったりハマったのだろう。
だが、ほとんどの人は「知識」を求めて読むのではなく、「知識」と「その利用法」や「解釈」を求めて読む。
例えば下の本。
課題図書であったので読んでみたが、書き出しからして知識の羅列である。
アラビア半島は三方を海に囲まれ、北方はシリア砂漠に連なっている。このシリア砂漠もアラブと呼ばれる人々の活動領域であり、地質上もアラビア高原の延長である。半島西部の紅海に沿って南北に連なる山脈は南に行くに従い高度を増し、イエメンの山々は日本アルプスと同程度の標高である。また南部のアデン湾に臨むハドラマウト地方やマハラ地方でも、海岸沿いにかなりの高さの山並みが連なる。これらの山脈を越えた内陸部は北東方向に緩やかに傾斜してペルシア湾岸のハサー地方に至るが、半島中央部にはオアシスが点在するナジュド高原が広がっている。一方、半島南東部のオマーン地方には、地質的にはイランのザグロス山脈に連なるアフダル山地の高山がある。
この時点で、「ハードル高え……。」と感じないだろうか。
同じ歴史に関する本でも、塩野七生の「ローマ人の物語」の書き出しはこうだ。
古のローマには、多いときで三十万にものぼる神々が棲んでいたという。一神教を奉ずる国々から来た人ならば眉をひそめるかもしれないが、八百万の国から来た私には、苦になるどころかかえって愉しい。古代ローマの心臓部であったフォロ・ロマーノの遺跡の崩れた石柱にでも坐って、ガイド・ブックや説明書を開いているあなたの肩ごしに、何か常ならぬ気配を感じたとしたら、それは、生き残った神々の中のいたずら者が背後からガイド・ブックをのぞいているからなのだ。自分たちのことを、二千年後の人間はどのように書いているのかを知りたくて。「いや、わたしがきちんと書きますよ」と言ったかどうかは知らないが、エドワード・ギボンは、フォロ・ロマーノを訪れたがために大作『ローマ帝国衰亡史』を書くことになり、青年アーノルド・トインビーは、古代のローマを求めてイタリア中を自転車で旅することになった。
これがまさに「花」というべき書き出しだ。
我々は教科書を欲しているわけではない。
4.「ポエム」は書いていて楽しいかもしれないが、「花」はない。
「ポエム」という言葉は直訳では「詩」を意味する。
だが「詩がつまらない」と主張したいわけではない。
つまらないのは「ポエム」である。
あえて「ポエム」という言葉を使う理由は「マンションポエム」という利用のされ方をされているように、「なんとなく意味不明で、ふわっとした文章」をポエムと揶揄することがあるからだ。
先日電車内中吊りで見かけたもの。「横須賀の未来と、感動の高みへ。」マンションポエムのお手本のようだ。ナイスポエム!
それを茶化しているのが上の記事なのだが、この記事には「花」があるので、ぜひ読んでみてほしい。抱腹絶倒間違いなしだ。
さて、なぜ「ポエム」が出来上がってしまうのか。
これは大した根拠もなく、「なんとなくいい感じ」のことを書こうとするからだ。
例えばブログに
「今日行ったセミナーで、憧れの◯◯さんの講演を聞いた!すごすぎる。やっぱり成功している人は違う。自分に欠けているところがまだまだあると認識。特に自分に響いたのは行動力という点。自分はまだまだだな〜」
とか書いてしまうと、これは「ポエム」である。
なぜなら、憧れの◯◯さんを読者は知らないし、すごすぎる理由も書かれておらず不明。
また「成功している人は違う」というコメントもチープだし、「行動力」が何故彼にとても響いたのかもわからない。
単純に「読者を置いてけぼりにする文章」だから「ポエム」には花がないのである。
こうした文章ばかり書いていると、「意識高い!ナイスポエム!」と茶化されてしまうこと間違いなしだ。
「花」がある記事、というのは丁寧すぎるくらいに、
「自分がどうしてそう思ったのか」
「なぜそう解釈したのか」
「なぜその主張にたどり着いたのか」
を、誠心誠意、丁寧に一言一句を選択して作る、刺繍のような作業だ。
それなのに「何となく自分の思ったことだけを羅列する」のでは、決して「花」のある記事を生み出すことはできない。
以上4つが、「ものすごくつまらない記事」の書き方だ。
「花のある記事」を書くのは難しいが、「ものすごくつまらない記事」を回避するのはすこし注意を払うだけでできる。
健闘を祈る。
(了)
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